勇者とアニオタゲーマーが入れ替わったら リアルとバーチャルの間で
★アニオタのゲーマーが勇者になったら★

ここはどこだ?
僕は自分の部屋で大好きなアニメのゲームをしていたはずだ。
ふと意識が飛んだと思ったら、知らない風景が広がっていた。
おかしい……日本のいつもの風景とは違う。
そこは僕の大好きなアニメの世界と同じ風景だったのだ。
あまりにのめり込みすぎて夢でもみているのかもしれない。

でも、夢にしては妙にリアルで、風のにおいも木々のにおいもちゃんと感じるのだ。
都会にはいまはほとんどなくなった土があって、土の感触もにおいもあるのだ。
正直土に触るのは久しぶりだった。

自然を感じている場合ではない。
僕はこのアニメゲームの世界を熟知している。
だからどこに何があるとか誰がいるとか、たいていのことはわかるのだ。
頭の中にある地図を頼りに歩いてみる。
この世界は広い。
最近、あまり歩かない僕は久しぶりのウォーキングとなった。

自分の洋服を見下ろすとさっき着ていたトレーナーとスェットではなくなっていた。
アニメの主人公である勇者の格好に変身していた。

これはきっと夢だ。
夢ならばとことん遊んでやろう。楽しまなければ損だ。
こんなにリアルに体験できることなど滅多にない。

背中に剣を背負っているが運動不足の僕でも
重く感じることなく歩くことができる。
勇者だからだろうか?
もやしっこの僕でもいくら歩いても疲れない。
勇者だからだろうか?

森を進むと敵が現れた。雑魚キャラだ。
こんなの僕の敵じゃない。
勇者となった僕は剣で敵をどんどんやっつけた。
現実世界でケンカをしたこともないし、
武道もしたこともない僕が、こんなにあでやかに剣を扱えること自体、信じられないことだが。

★勇者が普通の高校生になったら ★

あれ……ここはどこだ?
なんだこの部屋は? この画面に俺様が映っている。
攻略本? この書物には俺様が描いてあるではないか。
なぜだ、俺様は勇者だぞ。
ここは、異世界なのか?
森も城も剣もない。
敵はいないのか?
まさか、ゲームの新章という展開じゃないだろうな?

それにしては殺風景だ。
なんだこの変な服は?
俺様のいつもの装備服はどこだ?

なんだ? この画面に映っている男は俺様自身だ。

「おい、貴様なぜ俺様の剣と服を所持しているのだ?」
画面に向かって自分に話しかけてみた。

すると画面から勇者の格好をした自分と同じ顔の男が答えたのだ。

「あれ? 勇者ミカゲ様ですか? 僕、ゲームをしていた者ですが。気づいたらなぜかあなたの格好をしていたのです。あなたがなぜ僕の服を着ているのですか? あなたの見た目は、僕自身ですが……」

「入れ替わったというのか? ゲームプレイヤーとゲームキャラクターが……」

勇者は絶句した。

「僕はスマホから、今あなたを見ていますが。あなたはテレビから話しかけているのですか?」

「この四角い画面はテレビというのか? スマホ……? なんだそれは?」

「スマートフォンというものがあるのですが、通信機器の電話です。元に戻るまであなたは僕として生活してください」

「なんで? 俺様は勇者だぞ」

「勇者だろうと今のあなたは僕です。僕として生活してくれないのならば敵にやられて今すぐ 死にます」

「それは……困る……わかった……元に戻るまではここでお前のふりをして生活をしてみる」

「僕も殺されないように全力でこの世界で生活します。困ったときは、そこにあるテレビから話しかけるか、もう一つ僕の机の上にあるスマホがあるので、それから話しかけてみてください。スマホの電源を入れてみてください」

「電源だと?」全くこの世界を知らない勇者は初めてのスマホに手を触れた。

「丸いボタンが下にありますよね。電源が入っているので画面に触れてみてください」

勇者は人生初のスマホに触れた。
すると、画面から通常は光らないような大量の光と共に
俺様自身の姿がうつった。
とはいってもそれは俺ではない誰か……なのだが。

「スマホは充電が必要なので、時々コンセントに差し込んで充電してください」
「充電だと?」
「僕の机にさしてある白い線の先をスマホの下にある穴に差し込んでください。充電しないと使えなくなりますから」
「面倒な代物だな……」
勇者は自分の面倒な運命をあきらめた。
「貴様の名前は何だ?」
「羽柴 翔といいます」
「ハシバ ショウ?」
「高校1年生のゲーム好きで、アニメ好きの十六歳です」
「プレイヤーなら俺様のことは知っているよな?」
「大変よく知っていますよ。毎日勇者になったつもりでゲームしていましたから。原作の漫画やアニメも熟知しています」
「ちなみにゲームキャラクターは基本的にプレイヤーがプレイしていないときには 身に大きな危険が起こることはない」
「さっき雑魚キャラがおそってきましたが……」
「それは貴様がプレイしていたからではないのか?たぶん終了していないまま、貴様はゲームの世界へ行ったのだ」
「とりあえず、元に戻るまでは貴様を演じるから、貴様も俺様の顔に泥を塗らないようにしろよ」

僕は本当に今、勇者になったのだ。

俺はゲームの世界の主人公で勇者のミカゲという。
しかしながら、ずいぶん冴えない姿になったものだ。
地味で特徴のない顔立ちといい、体力のなさといい……
翔という男は、とんでもなく軟弱な男のようだ。

家族にはどうかしたのかと心配され、
羽柴にスマホで案内してもらい、なんとか学校という場所に来てみたのだが 
こいつには仲間がいないのか?
ゲームの世界では、仲間がたくさんいたようだが……
現実の世界では、友達が一人もいないようだ。
誰も声をかけてこない。
とりあえず黙って授業を聞いていればいいのか?
一応、学校はゲームの世界で行っていたので、リアルの世界の勉強というものは一通り理解している。むしろ、ゲームの世界の学校のほうが、難しい内容を学習した。勇者だからもちろん 成績は優秀だった。ここの勉強は退屈だ。

昼休み―――
俺は、女どもが一人の女子をいじめている現場を発見してしまった。
勇者の俺はそういった悪事を放っておけない。

「おい、貴様ら何をしている?」
一瞬、剣を抜こうとしたが――剣はもちろん背中にはなかった。
仕方ない。気迫で追い払うか。

性根の腐った女子たちが「羽柴のくせに」と言いながら、去っていった。

「大丈夫か?」
「ありがとう」

その女子は同じクラスの新城芽久美(しんじょうめくみ)という名前だということが後々わかった。

元々ぼっちだった俺にそれ以来、話しかけてくるようになった。
彼女もぼっちらしい。
ようやくこの世界で話し相手ができたのだ。

そのことを学校が終わってから、俺の姿をした翔に報告すると―――

「……新城さん? 美少女のクラスメイトだけれど、女子からいじめを受けている女の子じゃないか……」

「いじめられていたのを知っていたのか?」
「知っていたけれど――助けることは なかなかできずにいたんだ。助けてくれたんだね」

「なんで 困っている人を助けない? それでも貴様は勇者か?」
「勇者じゃないよ。元々俺は力も弱いし、能力も低いし」
「ゲームのプレイ中は勇者を気取っていたくせに。羽柴、そちらの生活はどうだ?」
「実は村の診療所でお世話になっているよ」
「村の診療所ってあの女医がいるところか?」
「美人女医のルマ先生のところだよ」
「……あの女医にあまり近づくな」
「なんで?」
「あの高飛車で気の強い女は苦手だ。極力世話になりたくないタイプだ」
勇者は珍しく弱音を吐いた。

★美人女医と偽勇者 ★

実は、美人女医のルマ先生の大ファンだった。
年上の艶やかな美人女性は原作コミック時代から憧れだった。
見た目は派手なファッションに身を包み、
カールをなびかせたロングヘアーは僕の憧れの人だった。
気が強い性格も割と好きだ。

そこで転んだ時に少しケガをしたことを口実に診療所に行ってみたのだ。
勇者だって転ぶし、ケガをするのだ。
ゲーム中でもそんなときに活躍するのが美人女医なのだ。
プレイヤーのいないこの世界は、平和で僕のいた日本と変わりない。
あの人と会話をすることができるのだ。
肌で感じることができるのだ。せっかくだから会いに行ったのだ。
僕は完全にミーハーなファンの一人だった。

「あら、勇者ミカゲ、久しぶりね」
美人女医はやはり美しかった。声も生で聞くことができ、歓喜の渦だ。
「実は……怪我をしてしまって……」(かすり傷だけど)

「珍しいわね。あなた滅多にここに来ないでしょ。しかも、この程度のかすり傷で」

嫌味たっぷりのルマ先生。この二人、犬猿の仲なのか?

「あなたのいつも偉そうな俺様オーラが苦手だわ。治せと命令するし。もっと自分をいたわるべきよ。無茶しすぎだわ」

「……すみません」
僕は謝ることしかできなかった。

「はぁ? 熱でもあるの? 今日のあなたおかしいわよ」
「どこが……変ですか?」
「いつもいつも偉そうに口と態度の悪い勇者だと思っていたけど……今日はとても礼儀正しいから」

勇者ってそんなに態度が悪かったのか?
ミカゲもルマ先生に対して高飛車だって言ってたしな。
似たもの同士で合わないということなのか?

「最近、プレイヤーに呼ばれないので、仕事があるまでここに滞在してもいいですか?」
大胆な提案をしてしまったが、この世界に勇者の家があるとは聞いたことがない。
普段どこで過ごしていたのだろう……?
疑問は、今度連絡した時に聞いてみよう。

「いいわよ。ここには入院施設としての機能もあるから、滞在することは可能よ」
ルマ先生の意外にもあっさりした承諾に安堵を覚えた。

勇者の姿は、普段の僕とは似ても似つかないほどイケメンだ。
顔立ちは切れ長の瞳に強い目力。
基本黒い洋服は、アニメならではのデザインで、マントは赤い。
剣をいつも背負っているが、意外と重くは感じない。
体つきは筋肉がついている細マッチョというところか。
腹筋はもちろん割れているし……リアルな僕とは全然違う。
だからこそ、この世界では強気でいられる。
ルマ先生は本当の僕を知らない。
だからこそ、ここでは違う自分として過ごしてみたい。

★俺様勇者の初彼女★

ぼっちだった俺様はここで話すことのできる相手ができた。
新城だ。彼女は休み時間や昼休みになるといつも話しかけてくる。
本当はこの女も友達がほしいのだろう。仕方がない、つきあってやるか。

俺様のゲームの話をしていたクラスの男子がいたので
ゲームについて裏話的なものを話したら、そいつらも話しかけてくるようになった。
俺様は勇者だからな。ゲームの世界ならばどんどん仲間が増えていくだろ?
この世界も同じだ。自然と俺様の周りの色々な奴らが話しかけてくるようになった。
テストの成績が良ければ、羨望のまなざしで同級生が見てくるようになった。
俺様は勇者だからな。

そんな毎日の中――
知らない女子に「好きです。つきあってください」と言われたが――
この体はあの男のものだから、返事は少し待ってもらうことにした。
あいつとは毎日頻繁に連絡を取っている。
本人に聞いてみないとな。

「実は、今日付き合ってほしいと言われたのだが……」
「ええぇ?? 名前はなんていう女の子なの?」
「たしか、山浦るみか、だったかな……」
「その人結構かわいい感じじゃない? でも……なんで僕なんかに?」
「いや、中身は勇者の俺様だから人気があって当然だろ?」
「何か学校で目立つこととか、変なことしてないよね?」
「するわけないだろ?」
「返事はどうする?」

僕は彼女がいたことがない。
思い切って初彼女を作ってみるか?
いつまた元に戻れるかわからないし。
そうすれば、まさかの楽しい毎日が待っているだろう。

「オーケーしておいて」
「わかった」

これで僕は初めての彼女ができた。
中身はミカゲだけど。

翌日「昨日の返事だけど……」
緊張した表情の、るみか。
「付き合っても構わねーよ」
自分のことではないが、少し照れてしまい、視線は斜め上だった。
彼女の笑顔がほころぶ。やたらうれしそうじゃないか。
「るみかって呼んでね。翔君」
いきなり下の名前か……積極的なメスだな。

昼休みになると、るみかが一緒に弁当を食べようとやってきた。
既に最初にできた友達の新城と俺様はランチタイムをしていた。
やってきたるみかは
「新城さん、私と翔君付き合うことになったの。新城さんも一緒にランチする?」
なんとも嫌そうな顔をしながら話しかける。
一緒にランチする? という台詞は普通は最初からいた人物が言う台詞だ。
後から来た人物が言う台詞ではない。
美少女のおとなしい新城は気まずそうに 
「ごめんね、私自分の席で食べるね」と言ってその場を去った。

このるみかという女は性根が腐っているのか?

それ以来るみかという女は、しょっちゅう俺様のところにやってくる。
正直、話の内容は面白いものではない。
どうでもいいような悪口ばかりで、勇者である俺様も疲れてきていた。

そのかわりあんなに俺に話しかけてきていた新城は、全く来なくなった。
女と付き合うことというのは、本当に面倒である。
一緒に帰ったり、スマホに連絡してきたり……
どうでもいいのだが、この体の主が付き合いたいというのだからしょうがない。
じきに戻れるだろうという根拠のない自信もあったしな。

★アニオタ勇者と 元勇者の高校生 ★

「それで、るみかさんと付き合いはうまくいっているの?」
今日は部屋でテレビ越しに連絡していた。
なんとゲームの国でもテレビがあってテレビと僕の部屋のテレビや勇者のもつスマホがつながることがわかったのだ。
それは大変不思議なことだが、僕と勇者ミカゲが所有しているものであれば、話したいときにテレビ電話として使えるという法則のようだ。大変便利でありがたい法則があったものだ。

「付き合うってそもそもなんだ? 昼飯を一緒に食べたり、スマホで連絡することなのか?」

「ミカゲは付き合ったことないの?」

「……ない」

「勇者なのに?」

「勇者と恋人は別物だろう。それにキャラ設定にそういう設定がなかったのだ」

「一部ファンの間ではミカルマっていうカップリングが流行していたんだけどね」

「ミカルマ……だと?」

「ファンの間では、ミカゲとルマがお似合いで、カップルとしてイラストや小説を書く人が結構いるよ。実際のところどうなの? 僕もイチファンとして知りたいかな」

「ふざけるな! なぜ俺様が、あの女医とカップルにならないといけないのだ!! ありえん」
怒りをあらわにする勇者。

「二人の間に何か嫌なできごとでもあったの?」

「会えば嫌味しか言わないような女だぞ。俺様的にあのような言動が気に障るだけだ」

「なーんだ、それだけか」

「今もあの女のところに世話になっているのか?」

「うん。ミカゲは普段どこで寝泊まりしていたの?」

「旅をしているときは、木陰とか洞窟とか……一応、村に俺の家はあるが、誰も今は住んでいない。そこへ行け」

「えー、意外と地味だなぁ。もう少しルマ先生のところにいたいなぁ。宿賃ないから今、住み込みで働いているんだよね」

「あのメギツネのような女医の所でか? 今、貴様は俺様なんだぞ。住み込みの仕事だと?
俺様のプライドが許さん」

「でも、今はこの体は僕のものだから、好きにさせてほしいな」
「じゃあこっちも、るみかという女とは別れる」
「わかったよ。別れてもいいから、そのかわり、僕はここで住み込みの仕事をするから」
そう言うとミカゲはガチャリとテレビを切ってしまった。

るみかちゃんよりも僕は大ファンのルマ先生をとる。
どうせ元の世界に戻ればもうこんな美しい女性には会えないのだから。

★初彼女はゲームキャラ ★

最近、原作でルマ先生が殺されるという話が登場することを思い出した。
ゲームばかりしていて 原作そっちのけだったから大事なことを忘れていた。
この世界はプレイヤーがいなければ、基本平和だ。
この場合のプレイヤーというのは世界中という意味ではなく、
僕のゲーム機器でプレイする人がいなければ、という意味らしい。
しかし原作となるとその世界観が反映される可能性は大いにある。
ルマ先生を守るため、僕は勇者と入れ替わったに違いない。
きっとそうだろう。
僕は勇者だ。大好きな女性一人を守ってみせる。
使命感満載の中、僕はルマ先生のいる部屋に話をしに行く。

現実世界では、美人を目の前にしたら話しかけることもできない。
しかしこの世界はバーチャルだ。
外見も元々の姿ならば自信がないため劣等感故の孤立を選んでいただろう。
しかし、今はイケメンだ。そして強い。
大ファンだった人を目の前に話しかけないという選択肢はなかった。
大好きなアイドルが目の前に居たら話しかけたくなるという心理に近いかもしれない。
現実なら拒否されるという恐怖もあるが――
この世界で勇者を拒否するキャラなどいない。
だからこそ、こんなにも大胆になっているのかもしれない。
本当は、ただのアニオタのゲーマー男なのだが。

「ルマ先生」
「珍しいわね。あなたが先生呼びなんてどういう風の吹き回し?」
今までルマ先生に対してどういう扱いをしていたのだ? 勇者よ。
僕はミカ×ルマのカップリング好きだったのに。
あれはファンが作った幻だったのか?
でも、僕がルマさんとここで恋仲になればミカ×ルマのカップリングは成立するな。

「ルマ、付き合ってくれないか」
本来の勇者らしい言葉で告白してみた。
俺の見た目はかっこいい。絶対にOKするはずだ。

するとときめき顔より心配顔になる女医。予想外だ。
「あなた、頭おかしくなった? どこか打ったの? 病気じゃないの?」

本当は演技しようかと思ったけど、キャラが違いすぎて無理が出る。
ここは本当のことを話そう。
「病気じゃないです。実は、中身がリアルのプレイヤーと入れ替わったのです」

「なによそれ? でもそれならさっきの言葉、合点が合うわ」
そこまでかたくなに勇者を恋愛対象としてみてないとは・・・

僕は、その不思議な自分の身におこった出来事を一部始終話した。
気づいたらゲームの世界にいて、勇者が僕として生活していること。
このゲームの大ファンで、知り尽くしていること。

「なるほど、だから礼儀正しかったのね。あいつが現実世界で生活できるのかしらね?」
確かに勇者はこの世界では優秀だが、現実世界に馴染めるかという心配はしていなかった。
元に戻ったときに勇者が犯罪者になっていれば、イコール僕が犯罪者だ。
今更になって事の重大さに気づいた。呑気な性格にもほどがある。

「スマホを通して連絡しているから、まぁ大丈夫」
というと 物珍しそうに スマホを覗き込んだ。

あいつが普通の人間として生活している姿を見てからかいたいから、一度見せてね。
子悪魔のような微笑みで女医はこちらを見た。

「さっきの話だけど、付き合ってもいいわよ。中身があなたなら、オッケーよ」

どんだけ嫌われているのだ。勇者なのに……ため息が出た。

「同棲開始ってことかしらね?」
「同棲??」
そんな大それたことを考えてもいなかった。
恋人なら同棲ってことだよな。付き合ったこともないのに。
それより危険を伝えなければいけない。

「もうすこし未来の話ですが 盗賊の大きな組織にあなたは誘拐されて殺されてしまいます。だからその前に逃げてください」

「なにそれ?」

「原作漫画ではそうなっています。だからここの世界でもそうなるはずです」
「勇者がいれば大丈夫でしょ? 勇者はやられてしまったという話だったの?」
「いえ、勇者はここにはいませんでした。あなたが殺されたと知ったのはだいぶ後で……」
「あなた能力は勇者なのだから、最強じゃないの? 恋人くらい守りなさい」
ルマ先生は気が強く、逃げるような人じゃなかった。
僕一人で敵を倒せるのか? 不安がよぎる。

僕の初めての恋人ができた。初彼女はゲームキャラクターだったのだ。

★リアル世界で ★

勇者ミカゲではなくなった元勇者。この現実世界では羽柴 翔という名前だ。

しかしながら、不便な体だ。すぐ疲れるし息は切れるし重いものは持てないし……
俺様の体を返せ。

見た目もずいぶんキャラクター性の薄いどこにでもあるモブ顔だ。

とりあえず人の悪口ばかりしゃべる女とは別れた。
秒速で断りを入れた。うんざりだ。
なぜ俺様があんな性悪と付き合わなければいけないのだ。

あれは以前よく話した、新城 芽久美じゃないか?
俺様が主人公の漫画の原作を持っているではないか。
これは主人公本人としてゲーム世界について語らなければな。

「その漫画好きなのか?」
背後から話しかけてみた。
「羽柴君、彼女さんに悪いから、気を遣わないで」
「別れたから彼女などいない」
「なんか羽柴君キャラ変わったよね。俺様キャラになったというか。この漫画の主人公みたい」

まぁ、主人公本人だからな。貴様、なかなか鋭いな。

「以前の俺がどうかしていただけだ。どのキャラが好きなのだ?」

まぁ俺様だろうな。主人公だし 勇者なのだから。
自信満々の俺だったのだが―――

「私は、ルマ女医かな」

なにぃ、あの女医のことが好きなのか?
そこはイケメン主人公じゃないのか? 少し動揺してしまった。

「本当は、ミカルマ推しなんだよね」
「なんだそれは?」
「ルマ女医と勇者ミカゲが恋人にならないかなぁって応援しているの」

どいつもこいつも余計な応援などしやがって。

「残念だがそれはない」
「残念だな。勇者ミカゲってかっこいいよね」
「そうだな」納得する俺様。
「でも、自分勝手というか、我が強すぎて付き合うのは大変そう」
「そうか? 意外といい奴かもしれないぞ。勇者だからな」
一応フォローしておかなくては。名誉のために。

「でも、羽柴君がこんなに話しやすい人でよかった。クラスの女子に馴染めなくて 
話し相手もいなかったし」
美少女は微笑んだ。

★それぞれの世界で ★

最近、スマホから妙な光が出る。
もしかして 二つの世界のゆがみが発生しているのではないか? 不安がよぎる。

「私、羽柴君のこと好きだな」
それは 突然の美少女からの告白だった。
勇者のような恋愛に不慣れなタイプでも、彼女の寄せる好意には薄々気づいていた。
いつも話しているときに、にこにこ笑っている新城のことは大好きだ。
ただ、勇者にはライクなのかラブなのか、その気持ちは自身ではわからなかった。
自分がいた世界のアニメやゲームが好きだという彼女には親しみが持てたし、断る理由は思いつかなかった。
「俺も貴様は好きだな……ひとつ話しておきたいことがある」
そう言うと、勇者はスマホを彼女に見せた。
信じてもらえないかもしれないけれど――自分はゲームの世界の人間で、中身のみ入れ替わっているという事実を伝えた。

彼女は最初こそ驚いた顔をしたが――
「以前と性格が違うのは、そういうことなのか」と納得した。
意外だが、不思議な話を信じる天然系らしい反応だともいえる。


一方、バーチャル世界の僕は―――女医のルマと僕も、静かな愛が育まれていたと思う。
ルマは基本ひとりぼっちで生活していたから、僕がいる生活はとても楽しそうだった。
ゲームの中にはスマホはない。SNSでつながることもない。
動物とのつながりが多く、人間の人口は少ない。
静かな世界だった。
このゲームの世界観が古代的なの設定だったからかもしれない。
車の騒音もなく森ばかりが広がる。

それはそれで、僕にとっていいと思った。
コミュニティー障害気味の人間には、こちらの世界がとても合っていたのだ。

最近、スマホが熱くなるときが多い。
そんなに使ってはいないのだが――リアルとバーチャルの出入り口となっている場所だからなのか? 何かわからないが、時空の負荷がかかっているように感じた。

それは突然だった―――
盗賊らしき男が数人入ってきた。元々、セキュリティーなんてあってないようなこの家だから 仕方のないことだ。
プレイヤーがいない状態でも、原作通りに進むということか。
僕は使い慣れない剣を抜き、刃を向けた。
剣の扱いの初心者には強靭な敵は勇者といえども簡単に勝てる相手ではなかった。
うまく刃が当たらない。
相手の速度が速く、追いつくことで精一杯だ。
複数人かわしながらの攻撃は、剣の初心者には辛いものがあった。
こんなときに、本物の勇者がいたら―――
ルマ先生は助かるのに……。
勇者ミカゲ……頼む!彼女を助けてほしい―――

そのとき、雷のような閃光が光った。
それはきっと、僕をリアル世界へ呼ぶ光なのだと確信した。
僕は覚悟した。この楽しかった世界にお別れしなければいけないことを。
まぶしくて僕も敵も目をつぶっていたその瞬間

剣が相手を引き裂いた。
「大丈夫か?」
「何? この光?」
ルマはまだ、そのまぶしさのせいで目を開けられなかった。

さらに勇者の剣は、盗賊一味を全滅に導いた。
それは一瞬の出来事だったと思う。

「貴様、命拾いしたな」
「勇者ミカゲ、元に戻ったの?」
「どうやらそのようだな」
「さっきまでいた、翔は?」
そこにあったテレビ画面で、リアル世界とつながるかと思ったが、もうテレビ電話としては使えなくなっていたのだ。

「貴様、俺様の体に何かしなかったか?」
「するわけないでしょ。それよりあんた、リアルの世界で彼女ができたって?」
ニヤニヤしてからかうルマ。

勇者はリアル側の世界で原作漫画とファンが作ったミカルマのカップリングの同人誌というものを読んでしまい……
ルマと目を合わせることができなくなっていた。
はじめて異性として意識をした瞬間なのかもしれない。

こちらの世界に戻ったのだが、美少女の新城さんは告白したことを
羽柴翔には伝えなかった。
あの気持ちは勇者への想いだったのだから。
そのかわり、共通の趣味を持つクラスメイトとして二人の関係は良好だった。
いつの間にかこちらの世界へ戻ったあとは、友達が自然にできていた。
やはり勇者の力は偉大だと感じていた。
見た目が同じなのに、以前とは全く違うクラスメイトの反応と僕に対する位置づけが妙におかしくもあった。
何度か色々試してみたが……二度とゲーム世界と僕がつながることはなかった。

後日、アナザーストーリーが原作漫画本で発売されたのだが―――
内容は、プレイヤーと勇者が入れ替わるストーリーとなっていた。

あれ以来、あちらの世界と直接話していないので、僕は本人に確認はしていないのだが―――
ミカルマのカップリングが公式ストーリーの中で成立したのだ。

それは 初恋の人を奪われた悲しさと
短期間だが 同じ時間 
世界は違えども共にした戦友への祝福の気持ちも合い混じるものであった。
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