その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
 学園長にもらった贈り物を大切に抱え、部屋を出た。
 今日はすれ違う人たちからの視線も気にならなかった。
 ずっとほしかった物をもらえた。
 そして、自分のために新作を造ってもらえると言ってくれている。
 ベルテは手の中にある箱を見つめ、一人ニタニタと笑った。
 浮かれるあまり、一人ニタニタ笑う姿に、さらに注目を集めていたことにも、彼女は気づかなかった。

「ヴァンさん」

 いつもの裏庭。
 ベルテは目当ての人物の姿を見つけて声をかけた。

『ベルテ様、こんにちは』

 繋ぎの作業着を着て、蹲っていたヴァンが振り向き、彼女に挨拶した。
 彼とはヴァレンタインとの婚約を持ちかけられた前に会って以来、初めて会う。


『何かいいことがありましたか?』
「わかる? そうなの。ずっとほしかった物を学園長からいただいたのよ」
 
 ヴァンと近くのベンチに並んで座り、膝の上に乗せた箱を大事そうに見つめた。

『ずっとほしかったもの?』
「そう。学園長の部屋にあった彼の昔の教え子の作品なの。私が学園長の部屋へ行く度に眺めていたのを見ていたみたい……」

 そこでベルテは言い淀む。
 婚約のこと、ヴァンが知ったら彼はどう言うだろうか。
 彼もここの卒業生だ。
 年齢はヴァンの方が上そうだから、ヴァレンタインと同じ時期に在籍してはいないだろうが、ヴァレンタインのことは知っているかも知れない。
 
 彼もベルテとヴァレンタインとでは、不釣り合いだと思うだろうか。  
 もっとも彼のことだから、思っても口にはしないだろうが。

『ベルテ様、どうかされましたか?』

 途中で話を止めたベルテに、ヴァンが問いかける。

『学園長が何をあなたにくれたのですか?』
「あ、えっと……実は、これなの」

 箱の蓋を開けて、ベルテは中の木彫りを恭しく取り出した。

『それは?』

 指文字なので、ヴァンの感情までは伝わらないが、彼の指が少しだけ震えている。
 きっと意外なものだったので、驚いているのだろう。

「学園の卒業生が趣味で造っている木彫りなんだけど、初めて見た時、とても目を惹きつけられたの。それを見ていて、作者の許可を貰ってお祝いにって、私にくれたの。何しろ市場には出回っていないし、手に入らないと思っていたから、嬉しかったわ」
『学園長にそれを下さいと言えば、譲ってくれたのでは?』
「そうかも知れないけど、その作者は学園長に持っていてほしくて造ったのに、私が横取りするわけには行かないでしょ?」
『真面目なのですね』
「そういうわけでは……でも、おねだりして貰うのは、何だか違う気がして」
『そんなにそれが欲しかったのですか?』
「ええ。なぜだかわからないけど、初めてこの人の作品を見た時、素敵だなと思ったの。大お祖父様が良く言っていたわ。無名でも有名でも、自分が気に入った物が本当に価値ある物だ。自分の魂を揺さぶる物を見る目を持ちなさい。そしてそれを感じる心を大事にしなさいって」
『魂を揺さぶる? それがそうなのですか?』
「少なくとも、私はそう感じたの。こうして手に触れて、作者がどのような想いでこれを作ったのか。技術もなかなかだけど、それよりこのモチーフに対する深い愛情を感じる」

 ベルテはスベスベした木彫りの表面を、愛しそうに撫でた。

『作者もそれを知ったら喜ぶでしょうね』
「そうだといいけど…、あ、その人が私のために作品を造ってくれるって言ってくれたの。凄いでしょ」
『良かったですね』

 帽子のツバで顔は相変わらず見えないが、ヴァンの指先から紡がれる文字は、心からそう言ってくれている気がした。

『ところで、学園長はなぜそれをあなたに? お祝いとは? もしかして…』
「あ、えっと……そう。婚約の、お祝い」

 彼もこの学園の卒業生なら、身分の高い低いは、あっても貴族に間違いはない。

『おめでとうございます』
「おめでたい……のかな?」
『嬉しくないのですか?』
「だって、婚約したくてするわけじゃないし…相手が……」

 婚約自体ベルテが望んだことでもなければ、相手が相手だ。

『確かベルクトフのご子息ですよね?』
「そう、ヴァレンタイン・ベルクトフ。ベルクトフ侯爵家の長男で、アレッサンドロの元婚約者、シャンティエ様の兄よ」
『彼についての評判は聞いています。悪い噂は聞きませんが、嫌いなのですか?』
「そもそも、何とも思っていなかったというのが正しいかも。アレッサンドロとシャンティエ様が結婚したら、彼らを挟んで義理の兄妹になるのはわかっていたけど、私とアレッサンドロとは気軽に声を掛け合う仲でもないし、公式の場で軽く挨拶する程度なら、今と何も変わらないもの」
『彼が嫌いなわけではないのですか?』

 ヴァンがさらに質問してきた。

「嫌い? 嫌いかどうかもわからないわ。何しろ私と彼とでは、同じ空間にいても、まるで違う人種に思えるもの」
『違う……人種?』 
 
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