甘い罠、秘密にキス

この男、日向 桜佑(おうすけ)と最後にまともに会話したのは、恐らく中学の卒業式。

別々の高校に進学した私達は、家が近所だからたまに顔を見ることはあったけど、私が彼を避けていたから言葉を交わすことはなかった。

桜佑は大学院を卒業しているから、この会社に入社した時期も違う。しかも彼は入社してすぐ本社に配属されたから、社内で顔を合わすのは今日が初めてだ。

だからこうして桜佑の姿を見るのは数年ぶり。中学の時より声は低くなっているし、あの頃より垢抜けて見た目はかなり大人な男性になっている。

ガキ大将の面影はどこにもないし、リーダーに選ばれるということは恐らく仕事も出来るのだと思う。

もう何年も会っていなかったわけだし、私のこと忘れてたりして。


「まぁこの話は改めて会議でするとします。全員が自己紹介すると時間がかかるので、その辺は各々でお願いします。とりあえず日向は今日いちにち田村リーダーについて引き継ぎを。以上です」


てことで俺は一服してくる。そう続けた伊丹マネージャーは、桜佑の肩をポンッと叩いてオフィスを出ていってしまった。
適当な伊丹マネージャーに対し「分かりました」と返した桜佑の横顔は驚くほど落ち着いていた。


この男、本当にあの日向桜佑なのだろうか。そう疑ってしまうくらい別人に見えるんですけど。


桜佑の横顔を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、ふと桜佑と視線が重なりドキッと心臓が跳ねた。
不意打ちを食らい、咄嗟に目を逸らしたのは本当に無意識。


──やってしまった。今の絶対不自然だった。

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