甘い罠、秘密にキス

01.過ちにキス


とある居酒屋。数ヶ月に一度行われる、高校時代の友人数名との食事会。

私達はこれを、“夜の部”と呼んでいる。



「彼氏と同棲始めたんでしょ?どう?たのしい?」
「んーはじめは楽しかったんだけど。徐々に不満が出てきたよね」
「例えばどんな」
「仕事で疲れてるのはお互い様なのに、私ばっか家事してて」
「あー彼氏“そっち系”かあー。今のうちにルール決めて分担しなきゃ、一生そのままだよ」
「そうそう。結婚して子供生まれたら、動かない男は存在がキツくなるからね。ま、ウチの旦那がまさしくそれだけど。亭主元気で留守がいいって、ほんと名言だわ」
「リアルな意見ありがとう。あとさ、出したら出しっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなしも最初は可愛いなって思えたけど…」
「重なるとイライラに変わるよね」
「ほんとそれ」
「ウチの旦那は家事はするけど、マザコンでお義母さんに何も言えないの。それが結構ストレスで」
「私の彼氏はその逆で、両親と絶縁状態。それもそれで色々困るよ」


目の前でわちゃわちゃと繰り広げられる女子トーク。息つく暇もなく出てくる彼氏や旦那の愚痴に、静かに耳を傾けながらジンソーダの入ったグラスを煽る。

その直後、ふと視線を感じて咄嗟にグラスをテーブルに置いた。


「てか、伊織(いおり)は何かないの?」


ナツコが口を開くと、彼女に釣られるように他のメンバーの視線も私に集中する。


「…私は、何も」

「あれから彼氏は?」

「出来てない。もうずっといないよ」

「でもひとつくらい浮いた話が」

「ないない。本当に何もない」

「ほんとにぃー?」


怪訝な目を向けられるも、「まぁ伊織らしいけど」と勝手に納得した彼女は、すぐに私から視線を外すと「それでね」と再び他のメンバーと話し始めた。

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