甘い罠、秘密にキス

「あ、私邪魔ですよね。お先にどうぞ」

「ん?いいよ、佐倉ちゃんが先に選びなよ」

「いえ、私はここで時間を潰していただけなので」

「そうなんだ。誰か待ってるの?」

「えっと…はい、そんな感じです」


そっか、では遠慮なく──にこにこと優しい笑顔を浮かべたまま私の隣に並んだ彼は、迷うことなくカフェオレのボタンを押す。


(藤さんがカフェオレ…珍しいな)


ガコン、と音を立てて出てきた缶を藤さんが取り出す様子を見つめながら、そんな事を考える。

私と付き合っている時の彼は、確かブラックしか飲まなかった。もう2年前の話なのに、その記憶はまだハッキリと残っている。


「はい、良かったらどうぞ」

「…え?」


ぼんやりと昔のことを思い出していると、藤さんは取り出したカフェオレをそのまま私の方へ差し出してきた。

思わず固まる私に、彼は「これ、佐倉ちゃんがよく飲んでたやつでしょ」と目を細める。


そういえばそうだったっけ。
ああ、そうだ。本当はブラックが好きなのに、少しでも女らしく見られたくてカフェオレが好きなふりをしていたんだ。

あの時から私、必死だったんだな。カフェオレを飲んだからって、何も変わらないのに。

だって、結局この人には最後まで女として見られることはなかったんだから。


「…ありがとうございます」


躊躇しながらも受け取ると、藤さんは「いえいえ」と放ち、今度はブラックコーヒーを購入した。

そして出てきたコーヒーを取り、その場でフタを開けると、そのままひと口喉に流しこむ。

すると、中性的な容姿を持つ彼の、小さな喉仏がゴクリと上下した。


「実は俺、ブラックコーヒーあんま好きじゃないんだよね」


そして一言、衝撃的な言葉を放った彼は、横目で私を捉え、苦笑した。

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