甘い罠、秘密にキス

02.ヒメゴトにキス



桜佑は昔から成績優秀・スポーツ万能な男だった。
それが悔しくて必死に食らいつこうとしていた時期もあった。

でも私は知っている。奴が陰で必死に努力していたことを。

家にいる時は机にかじりついて勉強。ひとりで外に出てはこそこそとリフティング練習や野球バットで素振り、公園のバスケットゴールでシュート練習をしていた。

でも決してそれを表には出さない。だからこそ、どこか掴めない男だった。









「てか時間やば。私帰るね」


布団から出ようとしてふと自分が下着姿なことに気付き、慌てて布団にくるまった。その瞬間ふわりと鼻腔をくすぐったのは、私の婚約者になってしまった男、桜佑の香り。

どうやらここは桜佑が住んでいる社宅の部屋らしい。もし私がこの部屋にいることが他の社員にバレたら大事件だ。一刻も早く脱出して、一度自分のアパートに帰らないと。


「一緒に出社しねえの?」

「する訳ないでしょう?」


早速キツい冗談を飛ばしてくる桜佑にピシャリと言い切る。それを受けた桜佑は「つまんね」と唇を尖らせながら、綺麗に畳まれている私の服を差し出してきた。


…もしかして、洗濯されてる?


なんだこの生活力。驚くほど気がきいてて、逆に怖い。

素直に受け取るのも気が引けるけど、そんなことを言っている場合でもない。「…ありがと」と服を手に取った私は、急いで袖に腕を通した。

柔軟剤がいつもと違うと、朝帰り感が増してくすぐったくなる。しかもその相手が桜佑だと思うと余計に。


「送るわ」

「本気で遠慮しとく。誰かに見られたりしたら気まずくなって仕事行けなくなるから」


速攻断りを入れると、桜佑が不服そうに眉を顰めた。でもそんな顔されたって、無理なものは無理だ。


「遅刻すんなよ、婚約者」

「いちいち口に出して言わないでお願いだから」


なるべく思い出さないようにしているのに、わざわざ現実に引き戻そうとしてくるから顔が引き攣ってしまう。ほんと最悪。
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