甘い罠、秘密にキス

「食い逃げみたいで悪いけど、とりあえず今日は帰…」
「ダメ!絶対!……って、え?」


“このまま泊まっていい?”とかそんな台詞を想像していた。そのせいで、桜佑の言葉を聞く前に勝手に口が動いてた。

桜佑さん、今あなた何て言いました?
もしかして私、爆弾発言をしてしまったのでは…。


「なにお前、そんな俺といてえの?」

「待ってお願い時間を巻き戻してーーー!」


最悪の事態に、膝から崩れ落ちて両手で顔を覆う。


「間違えました本当にごめんなさい食い逃げでいいので今すぐ帰ってください」

「全力で拒絶すんな」


普通に傷付く。ボソッとそう続けた桜佑が、私の目の前にしゃがんでデコピンを食らわせてくる。地味に痛い。


「だってあんたの口からそんな台詞が出てくると思わなかったんだもん」

「むしろお前はどんな台詞を期待してたんだよ」


桜佑の口から出るのは、昔から決まってもっと意地悪な言葉でしょ。私が嫌がるのをまるで楽しんでるみたいな。あの鼻で笑った顔が頭に浮かんでくるもの。


デコピンのせいでヒリヒリと痛むおでこを押さえながら目の前の男をじろりと睨めば、眉を顰めた桜佑と視線が絡む。


「本当はまだ一緒にいたいけど、帰って仕事したいし」

「…まだ仕事するの?」

「少しだけな。別にここでしてもいいけど、お前がいるとそれどころじゃなくなりそうだから」


どういう意味だ。私がいたら気が散るってこと?いくら天敵だからって、さすがに仕事の邪魔はしませんけど。

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