アクアリウム
彼女が謎の自死を遂げてから半年。
一人が寂しいから温もりを感じたくて、猫でも飼うかと思い立ちペットショップへ行った。
やがて家へやって来たのは“トランスルーセントグラスキャット”という種。
熱帯魚だ。

ーーー

日曜の昼間、エサやりついでにふとアクアリウムを覗き込んだ。
「トランスルーセント」とは半透明の意で、その名の通り骨以外が透けている、涼しげな見た目をした魚だ。
冷たく触れられもしない、哺乳類からも逸脱した個体をなぜ選んだのか。
それは考えるまでもなくその見た目の美しさに惹かれたから。
つまり、温もりよりも見た目を優先した結果だ。
ふと、あの日彼女から吐き捨てられた台詞が蘇る。

“あなたは私を飾りとしか思っていない”

水槽の中を俊敏に、しなやかに泳ぎ回るその個体を目で追っていると、たまに透明すぎて見失いそうになる。
背景との境界線が曖昧になり、一瞬本当に消えてしまったのかと錯覚する場面があった。
それでもしばらく観察していると、どこからともなく姿を現す。
最近仕事が激務だったから、疲れているんだろうか。
PCでマウスのポインターを見失ってしまう現象と同じ、カメレオンが擬態するのと同じ、
たまたま背景と同化してしまったのだろう。
しかし、どれだけ目を凝らして追い続けても、やはり消えたとしか思えない一瞬があり、目が離せなかった。

ーー

はたと気付くと辺りは真っ暗になっていた。
時刻は18時、あれから3時間も経過していたらしい。
部屋には水音と時計の秒針を刻む音だけが響いている。

ーー3時間も突っ立って、時間も忘れて見惚れてたってのか?
そんな事あり得るだろうか?

男は薄気味悪くなってカーテンを閉め、一先ず部屋の明かりをつけた。
そして、改めてもう一度水槽を見た。

ーいない。

どこにも。

水槽周りをぐるりと歩き回り、やっと底に沈んだそれを発見した。

…死んでいる?

刺激しようとガラスを人差し指でつつくと、脳内で声が響いた。


「また殺したんだ」


えーー


室内に人の気配はない。
ただ水槽の底で沈んでいる魚のまん丸な目が、人間と同じアーモンド状の形に変化してこちらを睨みながら、発音と同時に口をパクパクさせていた。
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