異世界に転生したら溺愛ロマンスが待っていました! 黒髪&黒目というだけで? 皇太子も騎士もみんなこの世界"好き"のハードル低すぎませんか? ~これサダシリーズ1【これぞ我がサダメ】~

第5話 ただ褒めただけなのに……。

 


「っくしゅん!」

 カリナさんの手が額に触れる。

「熱はないようですが……。
 昨晩もあまりお湯で温まらなかったせいでしょうか?」
「いや、お風呂はあれで十分です。
 でも、夜だけ少し暖炉を焚いてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。今夜からはそのようにいたしましょう。
 今、体があたたまる飲み物をお持ちいたしますわ」

 着替えをすませ、だらしないかもしれないと思いつつも、毛布にくるまってソファに丸くなった。
 出された飲み物はハーブティーのようなもの。
 なんのハーブかはよくわからないけど、確かに体が温まってきた。
 これがあるならはじめからあの渋い妙ちくりんなお茶じゃなく、これを出して欲しかったよね……。

「おっ、お待ちくださいっ! まだ準備が……っ!」
「うるさい、ノーマン! この私が直々に来ているのだぞ!」

 戸の向こうから何やら騒がしい声が聞こえてきた。
 ノーマンさんとグレンザさんの制止を聞かずにずかずかやってきたのは、ヘンデル皇太子。
 うわあ……。
 カリナさんが驚くと同時に顔を真っ赤にして憤慨。
 わたしも姿を見るなり、げんなりした。

「返答も待たずに淑女の部屋に押しいるとは!
 皇太子と言えども何という不作法なのでしょう!」
「カリナ、そう怒るな。
 サダメ、お前に会いたかったぞ! 
 どうしてもこれをいの一番に渡したかったのだ!」

 ヘンデルの手には茶色のリボンがかけられた枝が一本。
 ……なにこれ、エーデル皇太子に対抗してるわけ?

「エーデルの枝など、この枝に比べたらその辺に転がっている小枝と同じだろう。
 さあ、受け取れ、サダメ。
 私とそなたはこのフェイデル王国で結ばれるまさに定めなのだ!」

 うっわぁ、絶対受け取りたくない。
 ノーマンさんとグレンザさんが弱りはてたように額に手をやり、頭を抱えている。
 今日に限って、アデル団長が非番らしい。
 カリナさんを見ると、怒りなのかなんなのか唇がわなないていた。

「すみませんが、受け取れません」
「ぬあっ!? わ、私はこの国の第一皇太子だぞ! 
 星渡りの民であるそなたにこの国で最も相応しいのは、私を置いて他にいないのだぞ!」

 この国で一番っていわれても、例えばわたしが他の国に行くかもしれないとか、元の世界に好きな人がいるかもしれないとか、わたしにだって好みがあるかもしれないということを考えないのかな、この人は……。

「……自分に相応しい相手くらい、自分で見つけますけど……」
「ぬう!?」
「ともかく、お気持ちだけで。
 すみませんが、朝はゆっくり過ごしたいのでおかえり願えますか?」
「なっ……! サ、サダメ! これは代々受け継いできた完璧な千重咲きのピンクカメリアなのだぞ!」

 カメリア……って、英語で椿の意味だったけ?
 ピンクっていうことは、乙女椿?
 今は季節じゃないから花がついてないのか。
 でも、そんな素敵な花木を受け継いだのに、ここまで女性に嫌われるって、ある意味すごいね。

「すみません、結構です」
「なっ!? そんな軽く断るな! いいから受け取れ!」
「あっ!」

 手首をつかまれ、無理やり持たされた。
 その途端、なにかの魔法のように、パラパラと枝からすべての葉が落ちた。
 え、なに、これ……。

「これ、枯れてる……?」
「そんな馬鹿な! 今朝方、たった今切って来たばかりだぞ!」

 待っていましたとばかりにカリナさんが前に出た。

「ヘンデル皇太子殿下、それが答えでございますわ。
 さあ、お引き取りなさってくださいませ!」
「ぐぬぬっ、そ、そんなわけない! これは、たまたま、選んだ枝が悪かったのだ!
 待っていろ、サダメ、もう一度持ってくる!」

 ヘンデル皇太子が枯れ枝とともに大騒ぎしながら去っていった。
 カリナさんがメイドに枯葉を片付けさせながら言う。

「王家に伝わる木は不思議な力を持っているのです。
 先ほどのように、見込みのない相手に渡しても、枝は枯れてしまうのですわ。
 エーデル皇太子のペルネチアのように、サダメ様がお持ちになった今でも枯れないということは、少なからず好意を持っているという表れなのです。
 ……しかし、ものの見事に枯れましてございますね。いっそすがすがしいほどでございました」

 へえ、不思議。
 カリナさんのいうとおり、ヘンデル皇太子がもう一度切ってきたという枝を取ると、ものの見事に一瞬で枯れ落ちた。
 すごぉい、これ……。
 わたしの気持ちを完璧に表現してる。

「こっ、これもきっと日当たりの悪い枝を切ってきてしまったようだ!」

 そういって再び飛び出していったヘンデル皇太子。
 結局4回目にようやくあきらめた。

「き、今日はだめでも、また明日はわからんからな……。
 明日になったら、サダメの気持ちが変わっているかもしれん。
 今日のところは出直す!」

 千年たっても多分心が変わることはないので、無駄なことはやめた方がいいですよ。
 という親切なことはいってあげなかった。
 いっても無駄そう。

 ノーマンさんとグレンザさんが揃って頭を下げた。

「サダメ様、申し訳ございません。これでは、なんのための警護なのか……」
「ヘンデル皇太子殿下には特に気をつけろとアデル団長にきつくいわれていたのに、お止することができず、ふがいありません」
「本当に思い込みの激しい人ですね。
 お仕えする国の皆さんの苦労が窺い知れます。
 でも、毎日ああして詰めかけて来られては正直困りますね……」
「ああいうタイプはコテンパンに身の程を知るまで恥をさらさねば気が済まないと存じますわ」

 けっこういいますね、カリナさん。
 やっぱりあんまり評判良くないんだ、あの皇太子。

「それより、サダメ様、お体のほうは温まりましたか?
 もう一杯お茶を差し上げましょうか?」
「ありがとうございます、カリナさん。もうすっかり」
「では、僕が朝食を仕入れてまいります」
「いや、気分を変えるためにも、町に行かれてみてはいかがですか?
 昨日は行けませんでしたし。俺達のお気に入りの店を案内しますよ」
「そうですね……!」

 ノーマンさんの提案に沿って、町に出ることにした。
 城下散策用のマントを着せてもらい、城門を出る。
 馬か馬車に乗りますかと聞かれたけれど、いえいえ……!
 日本ではわたしはただの一般人。
 ぜんぜん歩きますよ。
 それに乗馬なんてやったことないし。

「で、ではわたくしも、徒歩で参りますわ……!」

 カリナさんがまるで戦地に行くみたいな顔でいうので、貴族の女性にとってはハードルが高いことなんだと知った。
 仮にも王宮に仕える侍女長と言われる人。
 平気で街歩きさせるわけにはいかないのかも……。

「じゃあ……、馬車にしましょうか……」
「サ、サダメ様がそうおっしゃるのなら……!」

 この反応からすると、それが正解だったみたい。
 馬車でいく町並み。
 以外にも地面がきれいにならされていて、乗り心地は悪くない。
 ゆっくり進んでくれているおかげもあるかな。
 町を見られるようにのんびり進んでくれているんだろうな。

「ここが灰羊亭ですよ」

 お店にはいると、朝の混雑の中で食事をしていた人たちが、ざわついた。
 お店の人やお客さんがとまどいながらも道を開け、席を譲ってくれた。
 よく考えたら……ごめんなさい、みなさん。
 こんなに繁盛店だったんだ。
 こんなふうに前触れもなく貴族(?)やら王兵が一行で押しかけてきたら、そりゃあ困るよね……。

「あの、テイクアウトにしましょう」
「え、でも、席が空いてますよ」
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