異世界に転生したら溺愛ロマンスが待っていました! 黒髪&黒目というだけで? 皇太子も騎士もみんなこの世界"好き"のハードル低すぎませんか? ~これサダシリーズ1【これぞ我がサダメ】~
第24話 ただ家族が欲しかっただけなのに……。
ついにこの日が来た……。
ハマル国の庭園は華やかに演出され、壮麗な人々が行き来している。
「サダメ様、アデル殿、ご挨拶に参りましたぞ」
「サダメ様、本日も大変ご機嫌麗しく。アデル殿、今日は良い気候に恵まれましたな」
「シュリ国王陛下、ラオウ国王陛下、これはこれは」
なにを隠そう、三国同盟が正式に結ばれたので、こうして顔を会わせるのは久しぶりではない。
アレンデル国王もイシューデル様やヘンデル皇太子よりもアデル様を信頼して任せているということもあり、こうして国王直々に挨拶を取り交わすことも珍しくない。
それにしても、2人揃ってどこか待ち構えていたというような気力に満ちた表情をしている……。
「シュリ国王陛下、ラオウ国王陛下……、なんだかとてもごきげんですね……」
「おっしゃる通りです。今日の日を首を長くして待っていました。
これまで飲まされ続けてきた煮え湯をついに吐き出せるかと思うと」
「まあまあ、ラオウ殿。恨みは過去は水に流し、大陸は一体となってサダメ様に付き従うまでですよ」
「ふっはっはっ。そうでありましたな!」
「サダメ様、本日はよろしくお願いいたします」
んん……。
まあ、こういう反応、だよね……。
よろしくっていわれても、そのあたりはジュサイア皇太子が段取りをつけているらしいけど……。
でも、結局どうやって隠れているエマさんを表舞台に連れてくる気なんだろう?
お茶会でのお菓子は当然、イギリス式のお菓子。
ヴィクトリアサンドイッチやショートブレッドなんかが出て来るかと期待しちゃったけれど、よく考えたらどちらも19世紀に確立したお菓子なんだよね。
ここでは、それらの起源となりそうなお菓子が並び、それより歴史の深いミンスパイやビスケットは今と変わらないそのままの雰囲気で並んでいる。
お米も再びライスプディングの形で登場。
んー、ライスプティングって、日本生まれの私からすると、悪くはないけど、お米はやっぱり焚いた方がおいしいって思っちゃう。
ヨーロッパの人が甘く味付けした豆であるあんこをなかなか受け入れられないのと同じ感覚かな。
そう考えると、この世界の人たちはよくすんなりとあんこを受け入れてくれたよね。
あ、これがもしや星渡りの民の力てことかも?
今回の茶会で出てきたのは、しごくまともな紅茶。
エマさんがいたときには、紅茶は普通に淹れられていたらしい。
それが、エイダさんの時代にはもう奇妙な淹れ方に成り代わっていたのだという。
極端に味の濃い食事もそのころかららしい。
なにかしら、エマさんの体調がおかしなことになっているのは間違いなさそう……。
……というか、600年以上も生きているということ自体がおかしなことなんだけど。
味覚が鈍くなるって、なにかの病気なのかなぁ……。
お茶会はつつがなく進み、庭の各所で社交の花が咲く。
アデル様はもちろんのこと、茶会に招かれたアレンデル国王や王妃ら王族、重臣たちはみなフェイデル国の広告塔であり交渉役。
ハマル国の茶会をほめながらも、フェイデル国産のドレスや扇子をきっちりアピールしている。
かくいう、わたしとアデル様も、フェイデル国の絹で作られた一見地味目ではあるけれど趣向を凝らした装い。
独自の刺繍文様や図柄なんかも大分認知されてきた。
「サダメ様、本日も大変麗しく心を奪われましてございます。茶会は楽しんでいただけておりますか?」
「ジュリウス国王陛下、ジュサイア皇太子」
2人が並んでやってきた。
一気に人の目が集まる。
「はい、大変和やかな席に参加できてうれしく思っているところです」
「こうして昔ながらの紅茶の淹れ方をしたのは、実に450年ぶりになります。
やはり、本来の在り方に戻って、紅茶そのものすばらしさを味わっていただきたいと思いましてな……」
ジュリウス国王がそういうと、ジュサイア皇太子とアデル様が目を合わせた。
……今のって……。
そうか、多分、ジュリウス国王を説得できたって、そういう意味なのね……?
アデル様がすっと頭を下げた。
「はい、今日のお茶はこれまでになく格別に素晴らしい味わいでございます」
ジュサイア皇太子がにこっと前に進み出た。
「本日は我が国の紅茶づくりの匠を呼んでいるのですが、お会いになられてみませんか?」
「ほう……、それは興味深いですね。サダメ様?」
アデル様に促されて、うなづいた。
アデル様とジュサイア皇太子はこれまで水面下でやり取りを続けている。
多分、これはなにか意味があるに違いない。
「そうですね……」
「紅茶づくりは国家の重要な情報でもありますからね。
誰にもというわけにはまいりませんか、よろしければアレンデル国王陛下、シュリ国王陛下、ラオウ国王陛下、ご一緒にいかがでしょうか?」
案の定、キーパーソンが集まって、一堂に会すことになった。
庭から屋外回廊を抜けて、案内されたのはやはり離宮。
エルシーさんの住んでいたという離宮に、今もエマさんがいるんだろう。
ラオウ国王がつぶやいた。
「なにやら緊張しますな……」
「なに、心配はいりませんよ。こちらにはサダメ様がついているではありませんか」
シュリ国王陛下の言葉に、みんな納得したように顔を見合わせているけど……。
わ、わたしに求められてもな……。
うまく話しできるかな……。
エマさん……、今どんな気持ちでいるんだろう……?
その部屋につくと、人払いされた。
ジュリウス国王が部屋の奥に向かって声をかけた。
「エルシー様……、いえ、エマ様……。私です、ジュリウスが参りました」
しばらくの沈黙の後、続き間の奥から、ひとりの女性が現れた。
マントルピースの上に飾られた絵と同じ、赤いドレスを着て、顔にはベールをかぶっている。
「ジュリウス、これは、なんとな……?」
ベールの奥から、低く震えた声が響いた。
その声は、決して若くはなく、ドレスの袖から覗く手も、まるで枯れ木のようにしわだらけだった。
枝のような指から、たくさんの黄金の指輪が落ちそうなくらい細い。
「そうか、ジュリウス……。
わたしのために、加護を運んできてくれたのだな?
いちにいさん、お前を入れて6人分か。
よいではないか、一気にそれだけの活力が得られれば、きっとわたしにもきっと、今度こそ……」
「いいえ……、違います、エマ様……! もう、……もう、終わりに致しましょう……!」
その瞬間、ビシッと空気が凍った。
異様なまでに重い空気が、じわっと部屋を支配する。
な、なに……これ……?
これって、エマさん……?
エマさんがじりじりとジュリウス国王に近寄った。
そして、その正面に立つと、ぱっとベールを取った。
「……ッ!!」
……な、そんな……!
まるで、骸骨……。
その場にいた誰もが喉の奥で息を吸った。
もはや顔には、骨と皮しかない。
あるにはある眼球すら、水分を失ったようにしなびて濁っている。
生きて動いているのか不思議なくらい……。
「終わりとは……? どういうことだ、ジュリウス……。わたしの夫よ……」
「も、もはや……、エマ様の時代は過ぎ去ったのです……。今大陸は新しい星渡りのお方を迎え、新しい時代に入ろうとしております。
そこにいらっしゃる、カワイサダメ様が、今後は我々の先導者となってくださいます」
ぎょろと濁った眼がわたしを貫いた。
「……ほう……、ずいぶんと小さな人影で気が付かなんだ……。
お前が逃した星渡りの民か……。
渡ったと同時に始末をしてやろうと思っていたが、仕留めそこなった……。
くやしいのう……」
アデル様がさっとわたしの前に立ちはだかってくれた。
なぜかわからないけど、喉が渇く……。
心臓が嫌な鼓動を打って、手に汗が……。
エマさん……、どうして、こんな姿に……。
「だが、いいだろう……。
お前はハマル国の14の花木を復活させた。
そのおかげで一時的に若さを取り戻せたのだから。
まあ、今はその活力も薄れてこのありさまだが……。
お前が再び失われた花木を復活させるのであれば、これからも生かしておいてやってもいい。
わたしのために、木を復活させよ、このわたしが命じる……」
「なにをばかなことを!」
アデル様が叫んだ。
それに勇気づけられたかのように、ラオウ国王が続いた。
「これ以上勝手な真似は許せません! お願いですから、我が国の花木の加護を返していただきたい!」
「我が国も同様です! 花木の加護はたとえ星渡りのお方であろうとも、このように自分勝手に使っていいものではないのです!」
シュリ国王が続くと、ジュサイア皇太子が前に出た。
「私からも、どうかお願いいたします。
サダメ様がもたらした新しい文化と文明は、もはやエマ様のもたらしたものをはるかに凌駕しております。
このままでは、ハマル国は自滅の理を辿ります。
どうか、賢明なご判断を!」
「その声は、ジュサイアか……! お前までわたしを裏切るとは!
ジュリウス、お前の息子があのような非礼をぶつけるとは!
どういうことだ、ジュリウス!」
……そうか、あの体だからよく見えてないんだ……。
多分味覚も……。
それで……。
そんな……。
エマさんは、こんな状態で450年も生きてきたっていうの……?
アレンデル国王がシュリ国王とラオウ国王に並んだ。
「フェイデル国王のアレンデルでございます。エマ様……、どうか私からもお願い申し上げます。
私たち王家はそれぞれの国を守る責務があります。
15の花木を受け継ぎ、そしてまた次の世代へと受け継がせ続けていくこと。
どうか、その責務を果たさせていただきたいのです」
ジュリウス国王が結んでいた口を決意を込めて開いた。
「エマ様……、どうか、どうか子どもはあきらめてください……。
星渡りの民は、もう世代交代をしなければならないときなのです……」
「な、なにをいっている……、ジュリウス……」
エマさんが細く震える腕を伸ばす。
でも、ジュリウス国王はそれを受けることはなかった。
支えを見失ったように、がくっとエマさんがその場に倒れ込む。
ジュリウス国王は目元に影を落とし、それを静かに見降ろしていた。
そんな……。
こんなのって、ないよ……。
「ジュリウス……、お前まで……わたしを裏切るのか……」
「お許しください……」
ジュサイア皇太子が父親の背中に手を添えた。
「もはや、エマ様は古き時代の忌まわしき妄執。
新しい時代には必要ないのです。
どうか、安らかに眠っていただくほかには……」
次の瞬間、ジュリウス国王が腰から短剣を引き抜いた。
全員がかたずをのむ。
「は、早まってはいけませんぞ、ジュリウス殿! まだ加護を取り戻していないではないか!」
その言葉に応えたのはジュサイア皇太子。
「心配いりません。我が国に残る文献をすべて洗ったところ、かつて突発的な事故で亡くなった皇太子が持っていた加護は、その年に生まれた皇太子が産まれながらにして持っていたと記録されています。
いまここでエマ様がお亡くなりになられても、加護はまた王家に与えられるのです」
「そ、そうなのか……!?」
「はい、これは事実です」
「そ、そうなのであれば……」
ちょ……、みんな、なにをいってるの……?
加護が取り戻せるとわかったら、それでエマさんはもうお払い箱?
ていうか、邪魔者扱い……?
嘘でしょ……。
みんな、どうかしてる……!
ジュリウス国王の探検が鈍く光り、仰ぎ見たエマさんがわななく。
「ジュリウス……、それでこの私を……、妻を手にかけようとそういう事か……?
必死にこの国に尽くしてきたわたしを……」
シュリ国王が厳しい声を上げた。