異世界に転生したら溺愛ロマンスが待っていました! 黒髪&黒目というだけで? 皇太子も騎士もみんなこの世界"好き"のハードル低すぎませんか? ~これサダシリーズ1【これぞ我がサダメ】~

第29話 ただ、思いっきり泣きたいだけなのに……。

 


「我が娘はまことに、心憎いことをする」

 エマさんがわたしを抱き寄せた。
 その瞬間、ふっと頭になにかが降ってきた。

「え……?」
「思い残すことはもう何もない。この世界に、お前という可愛い娘ができたのだから」
「えっ、あっ! エマさん!? だめっ、だめです!」
「これはわたしへの最後のはなむけではないのか?」
「違います! ただお茶を楽しんでもらいたかっただけです。もうっ、勝手に加護を贈っちゃだめですよ!?」
「……ふふっ。お前はなかなか親離れできない娘だな」
「そうなんです。まだまだ付き合ってください。明日は、もっと面白いものをお見せしますから!
 茶会が終わったので、ようやく離宮の厨房をお借りすることができたんですよ」
「生魚を食べさせる気だな? わたしは食べないと言ったのに」
「ち、違いますよ……! きっとエマさんにも楽しんでもらえると思うので期待していてください」

 ふっふっふ。
 実は明日イングランドの旗とユニオンジャックの両方のケーキを作ろうと思っている。
 エマさんに喜んでもらおうと、フェイデル国から色素を送ってもらった。
 赤や青に色づけしたケーキを切って組み合わせて、クリームやで組みたてれば、どこを切っても国旗が出てくるケーキの出来上がり。
 イギリスでいうバッテンバーグケーキ、アメリカでいうならチェッカーボードケーキ、日本で言ったらどこを切っても同じ金太郎飴みたいなケーキ。
 美波里(びばり)が自動車運転免許を取った年の誕生日、約束していた新車をお父さんとお母さんがプレゼントした。
 覚悟(かくご)はスマートキーケース。
 メーカーが三菱だったので、わたしは三菱のロゴマークのケーキを作った。
 美波里には、おねぇちゃん才能の無駄遣いだといって笑われたけど。
 いや、ダイハツやスバルだったら、さすがにわたしも作らなかったけどね。

 とにかく、このケーキならイギリスがひとつになっていった歴史の話題もできるし、よおし、びっくりさせちゃうぞ!
 久しぶりにワクワク!
 本来ならわたし、こうやって誰かのためにケーキを焼いたり世話をしたりするのが好きなんだもんね。
 それになんだかんだ、エマさんがわたしのお母さんがわりみたいな気分がして、よろこんでもらえるとわたしはすごくうれしい。
 本当はちらし寿司だって食べてもらいたい。
 絶対美味しく作れるのに。

「カワイサダメ、少し一緒に歩こう」
「はい」

 エマさんの細い腕に手をかけて、一緒に庭を歩く。
 今は一本しか花木の残っていないさみしい庭。
 でも、きっとこれから先、この庭は昔の姿を取り戻して、立派な庭になるだろう。

「お前の婚約者はなかなかいい男だな」
「えっ」

 急にアデル様の話を振られて、戸惑いを隠せない。

「お前がこの世界で家族を作ってもよいと思える伴侶に出会えたことをうれしく思う」
「あ、は……。え、ええ……。あの、はい、アデル様はいい方です」
「照れているのか」
「だっ、だって、急に言うから……」
「わたしの夫もいい男だった。特にあちらに残してきた夫と、ジュダイヤは特別だ」
「エマさん……」
「ジュリウスには聞かせられないな。少し離れよう」

 後からついてきていたジュリウス国王とアデル様に断って、2人で黒水晶の噴水のほうへ進んだ。

「だからこそ、生まれた子が愛おしかったし、かけがえのない大切なものになった。
 失ったことで、わたしは夫との絆さえも失ってしまったかのように感じた。
 ここにいるのに、いないような……、いつまでたっても異邦人のような……」
「わかります……。わたしもここへ来てしばらくの間、この世界で生きていく覚悟が持てませんでした。
 ずっと糸の切れた凧みたいな、そんな気分でした」
「お前は、アデルとともにここで生きていく覚悟ができたのだな」
「はい。今はもう迷っていません」
「そうか、それを聞いて安心した」














 


 噴水に手で触れるエマさん。
 小さなしぶきが飛び跳ねて光の粒になって散る。

「ここを去る前に、お前に頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「お前たちの子が産まれたら、その子がもし女だったら……。
 いや、やはり、やめておこう」
「えっ、なんですか? いいかけてやめるなんて、なしですよ」
「わかった、こうしよう。お前がこの世界の人間に加護を贈るときは、わたしの娘と同じ名前を授けて欲しい」
「ステラとステファニー?」
「そうだ」
「じゃあ……、皇女に花木を受け継がせるんですね?」
「ああ、そうしてもらえるとうれしい」
「わかりました! わたしとアデル様の間に女の子が生まれたら、ステラかステファニーと名付けます。
 それができなければ、きっと花木を皇女に受け継がせて、名前を授かってもらいます。
 エマおばあちゃんがあなたの名前を付けてくれたのよって、そう伝えます」

 エマさんが笑う。

「親孝行な娘だな」
「まだ短い時間しか親子をしていませんが、エマお母さんの考えそうなことくらいわたしにもわかりますよ!
 でも花木は18本もありますよ? 名前の奪い合いになっちゃいませんか?」
「なるほど……。そうか、それならいっそ、18名分の皇女の名前をわたしが考えてみようか。
 名付け親になるなんて、まるで夢のようだ」
「あはっ、いいですね!」
「そうだな……」

 エマさんが顎に手をやって、考え始めた。
 手ごろに枝を手にして地面にいくつもの名前を書いては消している。

「エレーンとアリーサは決定だ」
「エレーンとアリーサ」
「わたしの母と祖母の名前」
「なるほど~!」

 2人で地面を眺めながら話しているこの時間が楽しい。
 本当に、お母さんとたわいもないことを話しているときの感覚と似ている。
 少し離れた後ろからアデル様の声が聞こえた。

「サダメ様、エマ様、なにをされているのですか?」
「あ、今、女の子の名前を考えているんです」
「名前?」

 アデル様が隣にいたジュリウス国王が顔を見合わせる。

「カワイサダメ、少しひとりにしてくれ。全部できたら呼ぶから」
「わかりました。じゃあ、わたし早速2人にこの提案を話してきますね」
「そうだな、頼む」

 わたしはエマさんをその場に残し、2人の元へ向かった。

「エマ様は一体なにを?」
「全部できたら呼んでくれるそうです。ところで、ひとつ提案があるんですけど」

 ジュリウス国王が笑った。














 


「サダメ様は本当にいろいろなことをお考えになりますね。
 あなた様が来てからハマル国はまるで若返ったように生き生きしております」
「あ、そうですか……?」
「まったく、フェイデル国もそうでした。特にこの1年は多忙でした。
 これからもまだまだやらねばならないことがたくさんあります」
「そうであろう、貴殿とサダメ様の結婚式もあるだろうし、またフェイデル国に呼ばれるのが楽しみだ。
 ところで式はいつ頃になるのですか?」

 わたしとアデル様が顔を見合わせる。

「まだ花木が各国に戻っておりませんので、これを果たす方が先決だと思っています。サダメ様もそれをご希望されているので」
「はい。その方がわたしの気持ちとしてすっきりするんです」
「左様でございましたか。ハマル国としてはありがたい限りでございます。
 実を申せば、大きな災害に見舞われることはなかったとはいえ、湧き水の減少や綿花の収穫高、その他にも少しずつ自然の変化は目に見えておりました。
 私はいずれ、いつかの時点で臨界点が来るのではと感じていたのです。
 ジュサイアは、どちらかといえば、我が国と三国同盟との対立を案じ国が孤立化することを恐れていましたが、私はそのようなことがなくとも、いずれ王家が背いてきた自然の理が我々の首を絞めるだろうと思っていました」
「そうだったんですか……」
「ですから、サダメ様がお渡りになられて、あるべく姿にこの世の理を戻そうとなさってくださったのは、本当にありがたいことです。
 交渉中ですが、不当に奪った国土もいずれは返すことができればと思います」

 ジュリウス国王の顔に安らぎが映っている。
 何世代にもわたる秘密を肩の荷から降ろせてほっとしているんだと思う。
 そうだよね、王家には国を守る役割がある。
 本当の意味で、ジュリウス国王は国を守ったんだよね。

「そういえば、エマ様は?」

 アデル様の声で、あたりを見わたした。
 さっきまで、その黒水晶の噴水の脇にいたのに、姿がない。

「エマさん?」
「エマ様?」
「どちらですか?」

 元居た場所には、枝が転がっているだけ。
 アデル様が、さっと顔色を変えた。

「まさか、身を隠したのでは……」
「そんな、まさか」
「し、しかし、我々はさっきまでそこで、エマ様のお姿をはっきり見ていたのに」
「と、とにかく探しましょう!」
「ああ!」

 ジュリウス国王が従者や警護の人たちに向かって捜索を命じる。
 複数の人たちが蜘蛛の子を散らすように四方八方に駆け出す。
 わたしも慌ててうなづいた。
 噴水のそばから外に向かって離れたとき、わたしの目に飛び込んできた。

「――あっ、待って!!」
「サダメ様?」
「だめ、動かないで!」














 


 慎重にその場所へ足を運び、足元を見た。
 そこには、大地に書かれたエレーンという文字があった。
 位置から見ると、それは1月(シャイル)の木があったであろう場所だった。

「これ……」
「サダメ様、これは?」
「これはエマ様の筆跡です。どういうことでしょうか、サダメ様」

 目を向けると、2月(フォイル)の位置にも何かが書いてある。
 エレーンの字を消さないように慎重に確認しに行く。
 そこには、アリーサ。
 これ、エマさんが書いたんだ。
 3月(ミュール)のほうにも書いてある。
 今度は、グランディ。
 わたしたちは3人で季節を巡るようにして、黒水晶の周りをまわっていく。

 4月(エイル)、モーリーン。   
 5月(メイル)、ピレア。
 6月(シエル)、スザンナ。
 7月(ジュエル)、ステラ。
 8月(ジュリエル)、ステファニー。
 9月(セフウェル)、ナディア。
 10月(オーウェル)、ロイーズ。
 11月(トゥエル)、ゴールディ。
 12月(ドゥエル)の十月桜(ケラスス・サブヒルテッラ)の木の横をすり抜けて、
 13月(ナイウェル)には、ハンナ。
 14月(ディルエル)、セーラ。
 |15月《フロムウェル)、セシリー。
 15花木があったと思しきその場所に、14の女の子の名前。
 ぐるっと一周したところで、ジュリウス国王がわたしを見る。

「サダメ様、これは一体何なのですか?」
「あの……、これはエマさんが考えた女の子の名前です。
 わたしとアデル様に子どもが生まれたら、つけて欲しいって……。
 あるいは花木の加護を次に受け継がせる皇女に授けて欲しいと……。
 いっそ、18名分の皇女の名前をわたしが考えてみようか。
 名付け親になるなんて、まるで夢のようだと、そういって……」
「花木の加護を皇女に?」
「はい、あの、提案というのは実はそのことで……。
 でも、エマさん、一体どこへ……?」

 ジュリウス国王が目を見開いた。
 これまで皇太子にしか受け継がれなかった加護の力。
 そんなことが、許されるのかどうか、ジュリウス国王にもすぐには判断できないみたい。


< 156 / 167 >

この作品をシェア

pagetop