バイバイ、リトルガール ーわたし叔父を愛していますー
血の繋がり
高校生活はあっという間に終わり、すみれはファミレスでバイトをしながら介護士の専門学校に通った。

高校を卒業したら働くと言ったすみれに「何か資格でも取っておいた方が就職に有利だぞ。」と航が強く勧めたからだった。

すみれがハタチになり、専門学校を卒業して都内の老人介護施設に就職が決まった年の春、桔梗の体調が急激に悪くなった。

微熱が下がらず、痰が絡んだような咳が止まらない。

大丈夫だと言い張る桔梗を、航とすみれが近所のかかりつけの内科医院へ連れて行くと、医者は「肺炎ですね。身体が衰弱していますから、大きな病院に入院してください。」とふたりに告げた。

その医院で紹介状を書いてもらうと、航は車で桔梗を大学病院へ連れて行った。

そして桔梗はすぐに入院の運びとなった。

いつも気丈な桔梗が病院のベッドで力なく横たわる姿を見て、すみれは心細い思いでいっぱいになった。

病室の窓の外から見える葉桜が枝から舞い落ちるごとに、桔梗もやつれていくようだった。

すみれは毎日のように病院へお見舞いに行った。

航は口にこそ出さなかったけれど、その心痛がそばにいるすみれには手に取るように伝わった。

桔梗の病気の進行と共に、航は笑顔をなくしていった。

ある日、すみれが花瓶の水を変えに行き病室へ戻ってくると、珍しく桔梗は身体を起こし、窓の外を眺めていた。

「お祖母ちゃん!駄目だよ、無理しちゃ。」

すみれは花瓶をベッドの横の小さな棚の上に置き、桔梗の肩にショールを掛けた。

「大丈夫だよ。今日は体調がいいんだ。」

桔梗はそう言うと少し咳き込んだ。

桔梗が何気なく花瓶の花を見た。

桔梗の友人がお見舞いで持ってきた、淡いピンク色のガーベラとカスミソウだった。

「・・・綺麗に育ったね。」

「うん。綺麗な花だね。」

すみれはそう頷きながら、丸椅子に腰かけた。

桔梗は小さく首を横に振って微笑んだ。

「花じゃなくてすみれ、あんたの事だよ。」

「え?」

「ウチに来たときは、まだ小学生だったのに、いつの間にか美しい娘に成長した。」

そう言いながら桔梗はすみれの手を握った。

そしてひとつため息をつくと、すみれの顔をじっと見つめた。

「すみれ。」

「なあに?お祖母ちゃん。」

「私の昔話につき合ってくれるかい?」

「うん。」

いつになく真剣な面持ちの桔梗の言葉に、すみれも姿勢を正した。

「私の最初の結婚は失敗だった。前の夫は普段は大人しいけれど、酒を飲むと狂暴になる男だった。その度に私は航を連れて外へ逃げたもんさ。暑い夏の日も凍えるような寒い日も、近くの公園でふたりで震えながらあの男の酔いが醒めるのを待っていた。」

航君だけ?

パパは?

そう思ったけれど、すみれは黙って桔梗の話の続きを聞くことにした。

「そしてやっとの思いであの男と離婚した。航が5歳の時だ。もう結婚なんてこりごりだと思ったけれど、勤めていた印刷工場でおじいさん・・・恭弥さんと出会って再婚した。恭弥さんは優しい人だった。恭弥さんも私と同じ再婚で、前妻の女性とは死別していた。そしてその前妻と恭弥さんの間に生まれたのが紘一、すみれのパパだ。つまり私と恭弥さんは連れ子同士の再婚だったんだ。」

「パパがお祖父ちゃんの連れ子・・・。」

「この意味がわかるかい?私と紘一は血が繋がっていない。だからすみれと私も血が繋がっていない。そして航とすみれも・・・血が繋がっていないんだ。」

すみれの頭は混乱していた。

「つまり航とすみれは生物学上では他人ということさ。結婚も可能なんだよ。」

すみれの身体は熱くなった。

叔父と姪だから、血が繋がっているから、航のことを諦めなきゃいけないと思って生きてきた。

好きになっても結ばれない、と気持ちを抑えていた。

でも・・・私と航君は結ばれてもいいの?

「すみれ・・・いつかはわかってしまうことだから、このことを私の口から伝えておこうと思った。すみれは航を男として好きなんだろう?」

すみれは図星をさされて顔が真っ赤になった。

そしてためらいがちに頷いた。

「すみれ、航のことを頼んだよ。私は子供の頃の航を手放してしまった。もう航に淋しい思いを二度として欲しくないんだ。すみれになら安心して航を託せる。」

そう言い終わると桔梗は大きく咳き込んだ。

「お祖母ちゃん。もう横になって。」

すみれは桔梗の肩を抱き、ベッドに寝かしつけた。

桔梗の告白が、ゆっくりとすみれの心に深く染みわたっていった。

それまですみれは航を好きでいることに大きな罪悪感を持っていた。

血が繋がっている叔父を好きでいることは、本当はいけないことだと、この感情は罪なんだと、自分を戒めてきた。

自分の境遇をずっと恨めしく思って生きて来た。

でも・・・血が繋がっていないのなら、航君を女として好きになっても許されるのかもしれない。

そんなかすかな希望と喜びがすみれの心を満たした。

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