バイバイ、リトルガール ーわたし叔父を愛していますー
血が滲むほど強く唇をかみしめながら立ち尽くすすみれに、誰かがそっと傘を差しかけた。
俯いていたすみれが顔を上げると、そこには深い哀しみの色を滲ませた若い男が、その身体を屈めてすみれに目線を合わせ、静かな湖のような瞳で微笑んだ。
少し癖のある黒髪、まっすぐな濃い眉、少し吊り目の柔和な瞳。
「こんな所にずっと立っていたら、風邪ひくぞ。」
すみれはただ無言で首を横に振った。
「このまま雨に濡れて死んじゃいたい。パパとママのところへ行きたい。」
「・・・・・・。」
「ひとりぼっちは嫌。」
「・・・その心配は必要ないよ。俺は君をひとりぼっちにするつもりはない。」
男はその温かい手の平で、すみれの左肩を強く掴んだ。
知らない男の人から触られて、すみれの身体はビクッと震えたけれど、なぜか嫌な気持ちにはならなかった。
「初めまして・・・の挨拶が先だったな。俺は君の父親である紘一の弟・・・つまり君の叔父で、航という。」
「叔父さん・・・?」
父に弟がいるなんて聞いたことがなかったすみれは、訝し気に初対面の航を睨んだ。
すみれの表情を見た航は、こう説明した。
「東京にいるバアさんには何回か会ったことがあるだろ?俺は今そこでバアさんと二人で暮らしているんだ。」
「桔梗お祖母ちゃん?」
すみれは夏休みに両親と一緒に会いにいく、ハキハキとして明るい父方の祖母、桔梗の顔を思い浮かべた。
「そう。その桔梗お祖母ちゃん。そのバアさんは足が悪くて今日ここへは来れなかったんだけど・・・信用して貰えただろうか?」
「・・・うん。」
そう言って頷いたすみれを見て、航はホッとした顔をした。
「すみれちゃん。」
低く透きとおった声で航に初めて名前を呼ばれ、すみれはドキッとした。
「人間はいつかは生命活動を終える。君の両親は残念だが若くしてその寿命を終えた。でも君は生きている。日本人の女性の平均寿命は87歳だ。君はいま10歳。残りの寿命まであと77年。その残りの人生をどう生きるか。それは君の自由だけど、今君が両親の元へいくことは俺が許さない。何故許さないか・・・俺が君の両親に、小さなすみれちゃんを大切に育てると誓ったからだ。」
「叔父さんが私を育ててくれるの?私、児童養護施設に行かなくてもいいの?」
すみれは今日初めて出逢った叔父の顔をみつめた。
「そうだ。すみれちゃん。俺と・・・俺と桔梗バアちゃんと一緒に生きてみないか?」
「・・・・・・。」
「そして・・・どうせ生きるなら楽しく生きていこう。」
「・・・・・・。」
航はその温かい手で、すみれの両手を握りしめた。
「すみれちゃん。好きな食物はなんだ?」
「ハンバーグ。」
「好きな動物は?」
「うさぎ。」
「じゃあ好きな場所は?」
「遊園地。」
「そうか。」
航は大きく頷くと、すみれを見て目を細めた。
「じゃあ週に一回はハンバーグを食おう。遊園地にも連れてく。家は一軒家だからうさぎも飼えるだろう。だから・・・とりあえず生きてみようよ。」
もし「頑張って生きよう」と言われていたなら、プレッシャーで苦しくなっていたかもしれない。
けれど「とりあえず」でいいんだ、とそのゆるい言葉で、すみれは固まっていた肩の力がフッと抜けた。
堪えていた涙がふたたびポロポロと溢れ出した。
すみれの頬を温かい涙が濡らした。
「思う存分泣けばいい。涙は悲しみを癒すためにある。」
「叔父さんも・・・沢山・・・泣いたことあるの?」
「もちろん。だから恥ずかしがることなんてないんだよ?」
すみれは航の胸で、大きな声を出しながら泣き続けた。
その瞬間からすみれの愛の糸車がくるくると廻り始めた。
俯いていたすみれが顔を上げると、そこには深い哀しみの色を滲ませた若い男が、その身体を屈めてすみれに目線を合わせ、静かな湖のような瞳で微笑んだ。
少し癖のある黒髪、まっすぐな濃い眉、少し吊り目の柔和な瞳。
「こんな所にずっと立っていたら、風邪ひくぞ。」
すみれはただ無言で首を横に振った。
「このまま雨に濡れて死んじゃいたい。パパとママのところへ行きたい。」
「・・・・・・。」
「ひとりぼっちは嫌。」
「・・・その心配は必要ないよ。俺は君をひとりぼっちにするつもりはない。」
男はその温かい手の平で、すみれの左肩を強く掴んだ。
知らない男の人から触られて、すみれの身体はビクッと震えたけれど、なぜか嫌な気持ちにはならなかった。
「初めまして・・・の挨拶が先だったな。俺は君の父親である紘一の弟・・・つまり君の叔父で、航という。」
「叔父さん・・・?」
父に弟がいるなんて聞いたことがなかったすみれは、訝し気に初対面の航を睨んだ。
すみれの表情を見た航は、こう説明した。
「東京にいるバアさんには何回か会ったことがあるだろ?俺は今そこでバアさんと二人で暮らしているんだ。」
「桔梗お祖母ちゃん?」
すみれは夏休みに両親と一緒に会いにいく、ハキハキとして明るい父方の祖母、桔梗の顔を思い浮かべた。
「そう。その桔梗お祖母ちゃん。そのバアさんは足が悪くて今日ここへは来れなかったんだけど・・・信用して貰えただろうか?」
「・・・うん。」
そう言って頷いたすみれを見て、航はホッとした顔をした。
「すみれちゃん。」
低く透きとおった声で航に初めて名前を呼ばれ、すみれはドキッとした。
「人間はいつかは生命活動を終える。君の両親は残念だが若くしてその寿命を終えた。でも君は生きている。日本人の女性の平均寿命は87歳だ。君はいま10歳。残りの寿命まであと77年。その残りの人生をどう生きるか。それは君の自由だけど、今君が両親の元へいくことは俺が許さない。何故許さないか・・・俺が君の両親に、小さなすみれちゃんを大切に育てると誓ったからだ。」
「叔父さんが私を育ててくれるの?私、児童養護施設に行かなくてもいいの?」
すみれは今日初めて出逢った叔父の顔をみつめた。
「そうだ。すみれちゃん。俺と・・・俺と桔梗バアちゃんと一緒に生きてみないか?」
「・・・・・・。」
「そして・・・どうせ生きるなら楽しく生きていこう。」
「・・・・・・。」
航はその温かい手で、すみれの両手を握りしめた。
「すみれちゃん。好きな食物はなんだ?」
「ハンバーグ。」
「好きな動物は?」
「うさぎ。」
「じゃあ好きな場所は?」
「遊園地。」
「そうか。」
航は大きく頷くと、すみれを見て目を細めた。
「じゃあ週に一回はハンバーグを食おう。遊園地にも連れてく。家は一軒家だからうさぎも飼えるだろう。だから・・・とりあえず生きてみようよ。」
もし「頑張って生きよう」と言われていたなら、プレッシャーで苦しくなっていたかもしれない。
けれど「とりあえず」でいいんだ、とそのゆるい言葉で、すみれは固まっていた肩の力がフッと抜けた。
堪えていた涙がふたたびポロポロと溢れ出した。
すみれの頬を温かい涙が濡らした。
「思う存分泣けばいい。涙は悲しみを癒すためにある。」
「叔父さんも・・・沢山・・・泣いたことあるの?」
「もちろん。だから恥ずかしがることなんてないんだよ?」
すみれは航の胸で、大きな声を出しながら泣き続けた。
その瞬間からすみれの愛の糸車がくるくると廻り始めた。