バイバイ、リトルガール ーわたし叔父を愛していますー
大原の訪問
大原がすみれの家を訪れたのは、それから二週間後の土曜の、雨降る午後のことだった。

紺色の真新しいスーツを着て来た大原は、まるで就活生のように初々しかった。

一方航は、いつもの青いダンガリーシャツにチノパンというラフな格好だった。

客間は畳の和室で、桔梗の位牌が供えられている仏壇と和箪笥、そして部屋の真ん中には横長の大きな机が置かれている。

そこにすみれと大原は並んで座り、向かい合うような形で航があぐらをかいた。

机にはすみれが淹れた、緑茶の入った湯飲み茶わんがそれぞれの前に置かれ、大原は緊張を隠しきれずにガチガチに固まりながら、お茶を啜っていた。

恋人でもない女の保護者と向き合うなんて大役を押し付けてしまい、大原には本当に申し訳ないことを頼んでいるという自覚はあった。

けれどこうでもしないと、自分の気持ちがぐらついてしまいそうになる。

「はじめまして。すみれの叔父です。よろしく。」

航は穏やかな笑みを浮かべながら、大原に右手を差し出し、握手を求めた。

大原もおずおずと右手を出して、航の手を握り返す。

「はじめまして。あの・・・すみれさんとお付き合いさせていただいている、大原悠と申します。どうぞ、よろしこ・・・あっ、よ、よろしくお願いします。」

緊張の為か大原は噛みまくり、どもりがちになった。

「そんなに緊張しないでくれ。取って食ったりしないからさ。自分の家だと思ってくつろいでよ。」

「は、はい。」

大原はなおもガチガチになりながら、額に浮かぶ汗をハンカチで拭いた。

「そうやって汗をかいているところを見ると、君は暑がりなのかな?」

おもむろに航が会話の口火を切った。

「いえ、どちらかというと寒がりだと思います。」

大原がそう答えると、航は訥々と語りだした。

「そうか。寒い冬は嫌だよな。布団から飛び起きて冷たい空気に自らの身体を投げ出すのも、手袋を忘れた時のかじかんだ指先も、どうにも喜ばしくない。しかし君にとっていいニュースがある。どうも今年は暖冬らしい。嬉しいだろ?」

「そ、そうですね。」

「しかし地球にとってはどうだろう。冬が暖かいという気候変動は果実などの作物が育つ上で多大な影響を及ぼす。健康で正常な花を咲かせ実をつけるためには、ある温度以下の時間が必要なんだ。冬が短くなることによって、木々が目覚め、花を咲かせる時期が早まっている。したがって蜂などの受粉媒介生物が来ず、果実の収量が減少し、果樹園農家に大きな損失を与える可能性がある。」

「は、はあ・・・。」

大原は航が力説する、暖冬と果実の減少の関係性についての講釈に、きょとんとした。

「つまり俺が何を言いたいかというと、君はすみれにとってどのような影響を与える人間なのか・・・良い影響か悪影響なのか・・・それとも全く影響を及ぼさないのか・・・まあ全く影響を及ぼさない付き合いというものに意味があるのかどうかは判らないが・・・とりあえず今日はそれを見極めたいと思う。そのためにこんな雨の日に、しかも大切な土曜日にご足労願ったわけだ。それについてはあらかじめ謝っておく。申し訳なかったね。」

「い、いいえ。とんでもないです。お招き頂きまして・・・光栄です。」

大原は改めて頭を下げた。

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