Far away ~いつまでも、君を・・・~
次の日、前日に母親に言った通り、千夏は登校して来た。表面上は、普段の彼女だったが、昼休みに職員室に尚輝を尋ねて来た彼女の表情は、固かった。


「先生、昨日お話しした通り、これを。」


そう言うと、やはり固い表情で自分を見る尚輝に、退部届を差し出した。


「葉山・・・。」


「弓道に対する情熱がなくなってしまいました。せっかく主将にまで選んでいただいたのに、先生や皆さんの期待に応えられず、こんな中途半端な形で投げ出すなんて、本当に申し訳ないと思いますが、お許し下さい。」


そう言って尚輝に頭を下げる千夏。予想もしてなかった情景を目の当たりにして、職員室の空気は急速に重くなる。


「お世話になりました。」


そんな空気を振り払うように、もう1度、尚輝に一礼すると、千夏は踵を返した。


その後ろ姿を言葉もなく見送る尚輝に


「二階先生!」


と鋭く声が飛ぶ、京香からだった。思わず振り向いた尚輝に


(何やってるの、このままでいいの?)


という恋人の心の声が聞こえ、次の瞬間、打たれたように立ち上がった尚輝は、脱兎のごとく、職員室を飛び出した。


「葉山!」


教室に戻ろうと歩いている千夏を、尚輝は懸命に呼び止める。その声に千夏は足は止めたが、振り返りはしない。追いついた尚輝は、その華奢な両肩に手を置くと、強引に千夏を振り向かせる。その目に光るものに、一瞬息を呑んだが


「葉山、その涙はなんだ?」


と問い詰めるように聞く。


「わかりません・・・。」


尚輝の顔を見ないように、うつむき加減で答える千夏。


「退部届は受け取れない。弓道に対する情熱がなくなったなんて、そんな見え透いた嘘で、お前の退部を認めるわけにはいかない。」


「・・・。」


「お前がこんな形で、弓道から離れてしまうなんて、俺には耐えられない。頼む、辞めるなんて言わないでくれ。この通りだ。」


俯いたまま、何も答えない千夏に、尚輝は訴えるようにそう言うと、深々と頭を下げる。


「わかってるんだ?」


「えっ?」


「本当は、私がなんで弓道から、ううん、尚輝っちから離れようとしているのか。」 


そう言うと、千夏は尚輝をまっすぐに見た。


「なのに、引き止めるんだ。」


その視線に思わず、たじろぐ尚輝。


「先生は・・・残酷だね。」


そう言って、恨みがましい視線を送ると、またしても何も言えなくなってしまった尚輝を残して、千夏は駆け去って行った。
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