Far away ~いつまでも、君を・・・~
「颯天高、二階尚輝。」


自分の名が呼ばれ、審判に一礼した尚輝は、射場に入った。


(持つなって言われても、今の俺の心の中は邪な思いしかねぇぜ。)


観客席で、自分を見守る彩の姿が目に入る。


(彩先輩、見てて下さい。これが、俺にとっても・・・最後の試合です。)


そう呼び掛けた尚輝は、大きく1つ息をすると、ゆっくりと準備に入る。


『弓道は単なる的当て競争じゃないんだよ。武道なんだから、所作を大切にする。』


入部した頃、彩に何回もそう注意された。そんなことを、なんで今更思い出したのか、自分でもよくわからなかったが、尚輝はいつにもまして、丁寧に弓を構えた。


彼の内心を、知る由もなかったが、そんな尚輝の姿を、彩はじっと見つめていた。


(尚輝・・・。)


そう心の中で呼び掛けると、今までとは違う思いがこみ上げてくることに、彩は戸惑っていた。


(私は今、何を願い、何を期待しているの?)


尚輝は言った。団体戦で入賞を果たし、個人戦で2年前の斗真の成績を超えることが出来たら、付き合って欲しいと。


そして、自分はその言葉に頷いた。出会って1年半、拒み続けて来た尚輝の想いを、初めて受け入れてもいいと意思表示をしたのだ。


白けたことを言うようだが、本来スポ-ツの結果に、恋愛は関係ない。相手の好き嫌いは、スポ-ツの結果に左右されることはない。好きになれなければ、好きでなければ、相手がどんな偉業を達成しようが、心動かされることない・・・はずだ。


そもそも尚輝が、自分の公約を達成出来るのか、その可能性はまずないと、彩は思っていた。現状、明らかに尚輝より力が上である町田が、予選を通過出来なかったのに、尚輝がそれを超えて、県内ベスト10に入ることなど、まずありえなかった。


それをわかっていて、自分は尚輝の言葉に頷いた。つまり、尚輝と自分が付き合うことになることはない、そうわかっていて、彼の言葉を受け入れたことになる・・・。


だが今、彩は思っていた。


(頑張れ尚輝。あんたなら・・・やれる!)


それは社交辞令・・・なはずがない。今、自分の気持ちに嘘をつく必要なんてどこにも、ない。


いつの間にか、胸の前で手を組み、祈っている自分に、彩は気付いてなかった。
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