千燈花〜ETERNAL LOVE〜
饅頭を作るのに予想以上に時間がかかり、小墾田宮に着いた時にはお昼をとっくに回っていた。いつも通り一番奥の部屋へと案内された。中庭に咲いていたイチョウの葉はだいぶ落ちてしまい、ほとんど残っていない。本格的な冬の到来を感じた。
部屋の戸口に中宮が立っているのが見えた。顔色もよく、私たちの突然の訪問にとても嬉しそうだ。
『二人ともよく来てくれたな。さぁ、座りなさい。熱い茶を飲みながら話をしよう』
渡された茶にはうっすらと湯気が立ち中を覗くと黄色い小さな花がいくつも浮いていて金木犀の良い香りがした。
「桂花茶だよ、今年庭に咲いた金木犀の鮮花と茶葉を寝かせておいたのだ、良い香りだろう?」
「はい、とても」
「燈花よ、久しぶりだな」
「はい、中宮様」
いつにも増して中宮が嬉しそうに見えた。
「聞いた話だと最近山で足に傷を負ったとか、怪我は大丈夫か?」
「はい、小彩が看病してくれたおかげで、すっかり良くなりました」
私は立ち上がると、足首をくるくると回しておどけてみせた。それを見ていた小彩が咄嗟に言った。
「いえいえ、私ではなく大王様より頂いた薬が良く効いたのです」
「大王が?」
中宮が興味深そうに尋ねた。
「はい」
「そうであったか…でも大事なくて本当に良かったな。そなた先日の宴では、唐からの使者や大臣たちを多いに感服させたと聞いたぞ。きっと大王も例外ではなかろう。またあの子達の力になっておくれ」
「はい、卑しい身の私がお役にたつかわかりませんが、誠心誠意お仕えさせていただきます」
本心だった。あの若き二人の王に敬意を抱き始めていた。
「あっ中宮様、山代王様より頂いた栗を蒸し、薬草と練り合わせ団子を作ったのです、よろしければ召し上がって下さい」
小彩まだ温かい包みを広げると、
「ほう、これは美味しそうだ」
と中宮は目を細め、一つ手に取り口に頬張った。その後も先日の宴での話や、山で遭遇したイノシシの話をし大いに話に花が咲いた。
「そうだ、この数日間の雨で何もする事がなかったゆえ、暇つぶしに二人に手巾を縫ったのだ。取りに行ってくるゆえ、ここで待ちなさい」
「えっ、では私が代わりに取ってまいります」
小彩が慌てて立ち上がった。
「私の部屋にしまってあるのだ。そなたでは場所がわからぬであろう?」
「では、私も共にまいります。もし中宮さまがお転びでもしたら大変ですから」
「ハッハッ、小彩は実に心配性だ。では二人共ついて来なさい」
そう言うと中宮はゆっくり立ち上がった。また別の長い廊下を歩き一番奥の部屋までやってきた。
「さぁ、入りなさい」
「よろしいのですか?」
小彩が驚いて聞いた。
「構わぬ。さぁ、入りなさい」
ガタガタと戸を開けると、部屋はそれほど広くはない。中は薄暗くひっそりとしていて、想像していたきらびやかな金銀財宝で出来た置物や華美な壁の装飾などもなく、寝台とタンスのようなものと年季の入った机が一つあるだけだ。机の上には木の小箱と小さな仏像が一つ置いてあった。
とても質素な部屋だが、それが逆に洗練され美しく見えた。
ガサガサ、ゴトゴト…
「どこにしまったかのぉ…確かに一番上の引き出しに入れたのだがなぁ…」
中宮は、何度もタンスの引き出しをあけては首をかしげた。しばらくして
「そうだ、思い出したぞ。あの小箱に入れ直したのだ」
そう言い机の上にある木の小箱を取りゆっくりと開けた。
「あったあった」
中宮は、二枚の小さな正方形のハンカチのような布を取り出した。
「この手巾は小彩に」
「こっちはそなたにだ、私が刺繍したものだから出来は悪いが使っておくれ」
渡された手布を広げ息をのんだ。手巾の角に橘の葉三枚とたわわな実一つの刺繍がほどこされている。
なぜかしら…髪飾りの石の模様に似ている気がする…
私はじっと見つめた。
「なんて美しい梅の花の刺繍でしょう、私は梅の花が一番好きなのです!わ~嬉しい!中宮様、誠にありがとうございます!」
小彩はキャッキャと子供のように喜んでいる。
「燈花はどうだ?気に入ってくれたかい?」
「も、もちろんでございまさす。中宮様の温かいお心がこもっているようで大変感激しております。生涯大切に使わせて頂きます」
やっぱり、似ている。偶然かしら…
「そなたらの住む橘宮は父より賜った宮でのぉ、沢山の子供たちと過ごした思い出の宮だ。庭に生えている橘は我が一族では代々大切にされてきた木だ、昔はよく息子や皇子達と実を採っては食したが、、、」
中宮はそう言うと、懐かしそうに手巾を見つめた後、こちらを見てニコリと微笑んだ。
「さぁ、この部屋は冷えるゆえ、戻って熱いお茶でも飲もう」
「はい」
部屋の戸口に中宮が立っているのが見えた。顔色もよく、私たちの突然の訪問にとても嬉しそうだ。
『二人ともよく来てくれたな。さぁ、座りなさい。熱い茶を飲みながら話をしよう』
渡された茶にはうっすらと湯気が立ち中を覗くと黄色い小さな花がいくつも浮いていて金木犀の良い香りがした。
「桂花茶だよ、今年庭に咲いた金木犀の鮮花と茶葉を寝かせておいたのだ、良い香りだろう?」
「はい、とても」
「燈花よ、久しぶりだな」
「はい、中宮様」
いつにも増して中宮が嬉しそうに見えた。
「聞いた話だと最近山で足に傷を負ったとか、怪我は大丈夫か?」
「はい、小彩が看病してくれたおかげで、すっかり良くなりました」
私は立ち上がると、足首をくるくると回しておどけてみせた。それを見ていた小彩が咄嗟に言った。
「いえいえ、私ではなく大王様より頂いた薬が良く効いたのです」
「大王が?」
中宮が興味深そうに尋ねた。
「はい」
「そうであったか…でも大事なくて本当に良かったな。そなた先日の宴では、唐からの使者や大臣たちを多いに感服させたと聞いたぞ。きっと大王も例外ではなかろう。またあの子達の力になっておくれ」
「はい、卑しい身の私がお役にたつかわかりませんが、誠心誠意お仕えさせていただきます」
本心だった。あの若き二人の王に敬意を抱き始めていた。
「あっ中宮様、山代王様より頂いた栗を蒸し、薬草と練り合わせ団子を作ったのです、よろしければ召し上がって下さい」
小彩まだ温かい包みを広げると、
「ほう、これは美味しそうだ」
と中宮は目を細め、一つ手に取り口に頬張った。その後も先日の宴での話や、山で遭遇したイノシシの話をし大いに話に花が咲いた。
「そうだ、この数日間の雨で何もする事がなかったゆえ、暇つぶしに二人に手巾を縫ったのだ。取りに行ってくるゆえ、ここで待ちなさい」
「えっ、では私が代わりに取ってまいります」
小彩が慌てて立ち上がった。
「私の部屋にしまってあるのだ。そなたでは場所がわからぬであろう?」
「では、私も共にまいります。もし中宮さまがお転びでもしたら大変ですから」
「ハッハッ、小彩は実に心配性だ。では二人共ついて来なさい」
そう言うと中宮はゆっくり立ち上がった。また別の長い廊下を歩き一番奥の部屋までやってきた。
「さぁ、入りなさい」
「よろしいのですか?」
小彩が驚いて聞いた。
「構わぬ。さぁ、入りなさい」
ガタガタと戸を開けると、部屋はそれほど広くはない。中は薄暗くひっそりとしていて、想像していたきらびやかな金銀財宝で出来た置物や華美な壁の装飾などもなく、寝台とタンスのようなものと年季の入った机が一つあるだけだ。机の上には木の小箱と小さな仏像が一つ置いてあった。
とても質素な部屋だが、それが逆に洗練され美しく見えた。
ガサガサ、ゴトゴト…
「どこにしまったかのぉ…確かに一番上の引き出しに入れたのだがなぁ…」
中宮は、何度もタンスの引き出しをあけては首をかしげた。しばらくして
「そうだ、思い出したぞ。あの小箱に入れ直したのだ」
そう言い机の上にある木の小箱を取りゆっくりと開けた。
「あったあった」
中宮は、二枚の小さな正方形のハンカチのような布を取り出した。
「この手巾は小彩に」
「こっちはそなたにだ、私が刺繍したものだから出来は悪いが使っておくれ」
渡された手布を広げ息をのんだ。手巾の角に橘の葉三枚とたわわな実一つの刺繍がほどこされている。
なぜかしら…髪飾りの石の模様に似ている気がする…
私はじっと見つめた。
「なんて美しい梅の花の刺繍でしょう、私は梅の花が一番好きなのです!わ~嬉しい!中宮様、誠にありがとうございます!」
小彩はキャッキャと子供のように喜んでいる。
「燈花はどうだ?気に入ってくれたかい?」
「も、もちろんでございまさす。中宮様の温かいお心がこもっているようで大変感激しております。生涯大切に使わせて頂きます」
やっぱり、似ている。偶然かしら…
「そなたらの住む橘宮は父より賜った宮でのぉ、沢山の子供たちと過ごした思い出の宮だ。庭に生えている橘は我が一族では代々大切にされてきた木だ、昔はよく息子や皇子達と実を採っては食したが、、、」
中宮はそう言うと、懐かしそうに手巾を見つめた後、こちらを見てニコリと微笑んだ。
「さぁ、この部屋は冷えるゆえ、戻って熱いお茶でも飲もう」
「はい」