好きを教えてくれた君へ
「シズちゃんって、手足が長いよね?身長いくつ?」
「ひゃ…171」
 
 身長は言いたくない。中学のころから、身長が高くて黒板が見えないからと、何度男子から暴言を吐かれたものか。身長が高いくせに運動音痴で、何度笑われたものか。それなのにバレーボール部からも、バスケ部からも、勧誘されたし。

「え…」
 
 そう今までにないぐらいに悲壮感のある声を上げたのは神崎君だった。それなのに神崎君は、少し高揚したような表情をしている。それからすぐに笑顔に戻った。

「この学年に百七十超えてる女子はいないと思ってたのに」
 
 さっきの表情は何だったのだろう。

「神崎って結構身長コップレックスよな。でも、身長高いとは思ってたけどモデル体型だよな月見さん」
「いや、女子は低い方が可愛くて良いよ。私体重信じられないぐらい重いし」
 
 私は本当に体重が重い、男性の「女性で五十キロ以上はデブ」という話を聞くたびに、憂鬱になる。

「いやいや、モデル体型の方が良いに決まってんじゃん」
 
 そう言ったのは栞奈であった。

「ほんとほんと、身長五センチぐらい欲しいわ」
「僕は十一センチほど、欲しい」
「貰いすぎだろ」
「僕がそれぐらい貰ったところで、シズちゃん百六十じゃん!」
「あげれるなら、あげたいよ」
 
 
 今日は少し楽しかった。と感じながら、家の玄関を開けた。

「ただいま」と言おうとして、飲み込んだ。家の玄関に真っ赤なヒールが乱雑に置かれていた。
 
 ヒールを脱いで走るように家の中へ入ったのだろう。そしてその隣にきちんとそろえられた革靴が置かれている。
 
 いつもは消されているリビングの明かりが、暗い廊下へ漏れている。それから、光だけでなく男女のわめきあう声。男よりも女の方が甲高くて、憤怒しているのがよく分かる。
 
 男の方は紛れもなく父であり、女の声は実の母である。
 
 私はここに居ることが悟られない様に、靴を持って二階にでも上がろうと思い、靴を持ち上げたところで、リビングの扉が勢いよく開いた。
 
 リビングの光が後神の様にさし、そこに母が立っている。とても不機嫌そうな、私が大嫌いな顔。艶のある黒髪を後ろにうしろにかきあげて、人を舐め腐るように顎を少し上にあげている。線の綺麗な体。大嫌いだ。

「シズ、今帰ったの?ただいまぐらい言いなさいよ」
「おい、やめろ。結」
 
 母は父の言葉なんて無視して、私のところへやってきた。そして私の体をまじまじと見てきた。
 私はこの嘗め回すような母の視線が大嫌いだ。

「また太ったわね。あんたがジャンクフードばっかり食べさせるからでしょ」
 
 太った。私は今まで母に痩せた。なんて言われたことがない。

「お前は…静江はお前の人形じゃないんだぞ!静江が何を食べようが、静江の勝手だ!」
「うっさいわね。シズには、モデルにもバレリーナにも、なる才能があるのよ!それをつぶしてるのはあんたでしょ!」
 
 母は父の方を向いて、睨みつけた。

「シズを今から売り込めば、世界的なモデルになれるの!私の夢だったパリコレだって夢じゃない!」
 
 母は素晴らしいモデルだった。でも時代が時代だったので、パリコレには出られなかった。今の母の歳ではもう出ることは難しい。母は自分の夢と私を重ねている。

「お前は、静江が何になろうが、静江の勝手だろ。それなのに、小学生のうちに食事制限なんて」
「それなら、あんただって、小学生のうちに塾に入れてたじゃない!」
 
 父は黙り込んでしまった。塾に入れるなんて今は普通だろ。とそれぐらい言ってほしかった。

「お母さん、ちゃんとしたところで話そう。今日はもう帰って。お父さんも私も疲れてるし」
「ダメよ。明日からパリなの。シズも知ってるでしょ?」
 
 私は聞いていた。小さなパリのショーに出るらしい。母はそれにモデルとして出席する。何度もコレクションを見てきた。母は日本のコレクションには興味が無い。あるのは海外の本気のコレクションだけ。

「シズ、貴方も来なさい」
「お前」
 
 それから、母と父の争いがまた始まった。
 どうしようもなくなったので、私は母と父の間に割って入った。

「お母さんは一人で、パリに行って。私は学校もあるし、行かないよ」
「パリのモデル会社の人が、シズの写真を見て、この子なら売れるって言ったのよ!貴方は世界で活躍できるの!」
 
 母は私の肩を掴んで、懸命に説得してきた。

「いろんな人から尊敬されて、お金持ちとだって、結婚できる。それはもう世界の大富豪と、貴方の将来のためなのよ」
 
 母はお金目的で社長の父と結婚した。そして母はパリコレ以外に、お金が大好きなのだ。きっと母は私をお金持ちと結婚させて、豪遊したいだけ。
「行かないよ。私は日本にいる。モデルになる気もない」
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