可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─

「ぷるん!」


魔王城の城壁に何かがぶつかる音が聞こえた。


(ぷるん様の加護を通り抜けた?!)


ベアトリスはそれが何なのか即座に理解して、周りにひしめく魔国民を押しのけて走り出した。


「魔王様!!」


ぷるんの身体を通り抜けることができるのは、ベアトリスが許可した数名だけだ。


ベアトリスが魔王城の入り口を抜けて、穴の開いた城壁にたどり着く。クレーターのように抉れた壁の前に、ジンが倒れていた。


ベアトリスはジンに駆け寄ってその体に触れる。手にべちょりと生温い感触がした。ベアトリスの両手の平が真っ赤に染まる。


「魔王様?」


ベアトリスが震える赤い手でジンの身体を擦ると、どんどん血が染み出していた。



肩から腹部にかけてざっくりと深い切り傷で体が抉られている。カオスの爪に抉られたことは明白だ。



光の爆発が起きる寸前、ベアトリスには見えなかったジンの致命傷を、誰かの悲鳴が知らせていた。


地に仰向けに寝転ぶジンの周りに血だまりができて、ベアトリスのスカートを赤く染めていく。



(アイニャと同じだわ)

 

あまりにもあっさりと、

今まであった命が消える

本当にあっけない瞬間。

それが死だ。



血を止めようと傷口を手の平で押さえてみるが、傷口が大きすぎる。血の流れる速さに追いつかない。


ジンは一言も話さず、ピクリとも動かない。別れの言葉なんて言わせてくれない。それが容赦ない死なのだ。



「魔王様まで、逝ってしまうのですか」



ジンの傷口に縋りついて、ベアトリスは大粒の涙を流した。ぼろぼろ、はらはら、ボタボタ勢いよく流れ落ちる涙を堪えようがない。



「ベアトリスはまた、一人ですか」



おじい様を失い、アイニャを失い、今度はジンだ。


一人なんて平気だと強がって生きてきた。だが、寄り添いあい愛し合う二人の心地よさを知ってしまえば、


一人になるのは以前よりずっと恐ろしかった。


ぼろぼろ無限に落ちる涙がジンの深い傷口に落ちて、染み込んでは、繰り返し流れ落ちた。

  
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