可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─


「人間国に、どうしても戻りたくありません」

「そうか。君に理由があるように、私も死ぬわけにはいかない」


ジンはベアトリスの頬を伝う水滴を細長い指で一つ拭った。ベアトリスの加護は、ジンの指先を弾かなかった。


「君の涙を諦めないよ、私は」


目を細めて妖艶に微笑んだジンは踵を返して魔王城へと歩き出した。


「あ、一つ言わせて欲しいのだけれど」


ベアトリスがジンの言葉に首を傾げると、振り返ったジンが悪戯をするように軽やかに笑った。


「私はわざと水浴びを狙って、意地悪をしに来たわけじゃないんだ」

「そうなのですか?」

「君の使い魔に呼ばれてついて来たら、思わぬ贅沢をできたってだけだよ」


ベアトリスがアイニャを見つめると、アイニャは大きく頷いた。


「ニャ」

「じゃあおやすみ。強情な私の奥様」

「おやすみなさい。私の……意地悪な旦那様」



気の利いた返答をするベアトリスに、ふふと機嫌良さそうにジンは歩いていった。


ベアトリスは嗅ぎ慣れない香りのするマントを体に巻き付けた。アイニャがベアトリスの足にすり寄ってきた。



(魔王様は、冷酷非情って噂だったけど。意外と怖い感じではないのね。

……意地悪ではあるけれど)


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