クールな同期と甘いキス

学生時代はバイトと勉強に明け暮れて、恋愛とか友達とどこかへ行くとかそういった青春らしいことは何一つしてこなかった。
一応、親しい人はいたけれどそれも学校で会ったら話す程度。

初めの頃は遊びにも誘われたけれど、バイトが忙しくて断っていたらそのうち誘われることもなくなってしまった。
寂しかったけど、それを上回るほど忙しかったからどこかで割りきっていた。
だから彼氏なんてもちろん出来たこともなかったし、まともに誰かを好きになったこともない。もちろん、こんな地味女を好きになる人もいなかった。

その経験不足がこうして今私を悩ませているのだ。こんなことなら恋愛経験を積んでおくべきだったな。
……いや、モテない私だからこそ今があるのだけれど。
でも誰かに恋したり付き合ったりする経験があれば、ここまで変な緊張はしなかったんじゃないかな。
例えば、彼氏を途切れさせたりしないような女だったら三雲君の様な人と同居したりハグされたりなんてことはなんてことないのかも……。
そんな自分を想像しようとしてみたが、想像の限界があるようで思い浮かびすらしなかった。

ため息と共に手元の買い物袋がガサガサと揺れる。
会社帰りに寄ったスーパーで値引きの商品を買ってきた。今日の夕飯と明日のお弁当くらいは作れるだろう。
条件はどうであれ、三雲君の提案のお陰でお握り一個の生活は免れたのは感謝している。

「失礼しまーす……」

三雲君がまだ帰っていない暗い部屋になんとなく声をかける。
さすがにまだ「ただいま」とズカズカとは入りにくい。
家主のいない部屋は暗くシンッとしているけれど、誰かが住んでいる気配は消えない。
それが三雲君であっても妙にホッとするのはなぜだろう。

「お腹すいた」

さっそくキッキンを借りて夕飯を作り始めていると、玄関からガチャガチャと鍵が開く音がした。

「ただいま」

当たり前のようにリビングにそう言って入ってきた三雲君に少しドキッとする。
おかえりって返した方がいいんだよね?

「お、おかえりなさい」

その一言が妙に緊張してしまう。
私の挙動不審なんて気付きもしないで、スーツ姿のままキッキンに入ってくる。

「えっ、な、何?」

思わず身構えるが、彼は手元を覗きこんだ。

「良い匂い……」

三雲君の目線は私の手元の炒飯だ。
あ、そっちか……。
少しホッとして苦笑した。
夕飯には炒飯とスープを作った。少し調子に乗って料理をしてしまい、明日のお弁当分を除いても少し多く出来てしまったため声をかける。

「あの……、三雲君も良かったら食べる?」
「いいのか?」

表情がパッと明るくなる。
笑顔になったわけではないのに喜んでいるのがわかってしまった。
なんだろう。可愛い……。

「ちょっと作りすぎたなって思っていたところなの」

お世話になっているし、これくらいは構わない。
二人分をお皿によそい始めると三雲君も着替えに部屋に戻っていった。
そして、少し足りなかったかもと思ったくらいに三雲君はあっという間に完食した。

「白石って料理上手いんだな」

食後にコーヒーを入れると満足げにそう言われ、なんだか照れる。

「そう? ありがとう。うちは父と二人だったから、家事全般は私の仕事だったの。料理は好きだから、いかに節約しながらご飯を作るか考えるのが楽しかったなぁ」

そしてフッと父を思い出す。
お父さん、どこにいるのかな。ちゃんとご飯は食べているのだろうか……。いや、まぁあのお気楽な父のことだから心配はいらないだろうけれど。借金を苦に……というタイプでは決してないから、もしもの心配がないのが救いだ。
すると三雲君は頬杖をつきながら「なるほどね」と頷いている。

「節約ねぇ……。じゃぁさ、俺も食事代を半分出すから夕飯だけでも一緒に作ってもらえないか?」
「三雲君の分も?」

二人分を作るのは別に大変ではないし、それは構わない。
なにより、食事代を半分も出してもらえるのはとても有り難い話だ。
しかし、そうなると本当に生活のほとんどを三雲君が出すことになるけどいいのだろうか?

「いいけど……、三雲君こそいいの?」

そう聞くとうんと頷かれる。

「一応自炊は出来るけど、疲れて帰ってくると作るのが面倒なんだよね。だから白石が料理を苦に思っていないで、ついでに作ってもらえるなら凄く助かる」
「良かった。それなら任せて」

そう言うと、三雲君は立ち上がって椅子に座っていた私を引き寄せて軽く抱きしめた。

「ありがとう」
「あ、ううん……」

このタイミングで!?
心の準備ができていないからすごく驚いた。思わず身を固くすると、三雲君が軽く背中を叩く。

「驚かせた?」
「少しだけ……」

声が耳元からして、背中がゾクッとする。足が砕けそうになる破壊力とはこのことだ。
絶対、顔が真っ赤だろうな……。
三雲君は苦笑すると、「まぁ少しずつね」と私の頭を軽く撫でて部屋へ戻って行った。

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