エリート外交官は契約妻への一途すぎる愛を諦めない~きみは俺だけのもの~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
プロローグ



寒々しい三月の晩である。つい先ほど、職場を退職してきた私には、いっそう風が冷たく感じられる。
手には職場から引き取ってきた私物が、大きめのエコバッグに詰まっている。
顔をめぐらせ、三階建てのオフィスビル兼弁当工場を見つめた。短大を卒業してから丸四年お世話になった私の元職場のマルナカ弁当株式会社。ため息が漏れる。二十五歳にして路頭に迷ってしまった。

「小枝(こえだ)さん」

低く優しく響く声は、後ろから聞こえた。何度も聞いた声だけれど、まさか。
振り向いた先にその“まさか”の人物がいた。

「……お客様……」

そこにいたのはほぼ毎日顔を合わせるお客さんだった。私の勤務先であるマルナカ弁当日比谷公園前店に昼時か夕暮れ時にやってくる男性のお客さんだ。背が高く、ダークスーツが似合う端整な顔立ちの年上の男性。正直に言えば、少しだけ憧れていた男性……。
そんな人が、普段顔を合わせる弁当店とはずいぶん離れた浅草の本社前で私に声をかけているのだから、私がいぶかしく思うno
も当然だろう。

「加賀谷(かがや)と言います。加賀谷博已(ひろみ)」

彼は低い声で名乗った。くっきりとした美しい二重の目が、真剣なまなざしで私を射抜いている。

「加賀谷さん、……ずいぶん長く顔を合わせているのに、お名前も存じ上げず失礼しました」

先ほど名前を呼ばれたが、弁当店の制服の胸元にはネームプレートがついている。それで私の名がわかったのだろうと今更ながらに納得した。

「今日はいかがされましたか?」
「マルナカ弁当を辞めたと……伺いました……」
「あ、そうなんです。一昨日が最終勤務でした。今日は荷物を取りに会社まで来まして」
「急ですね」

加賀谷さんというこの男性がどうしてここにいるのか私にはまだわからない。だけど、四年間ほぼ毎日会ってきた彼がおそらく官公庁勤めの人だろうことはわかっていた。
スマートな佇まい、端整な容貌、お弁当を買うときのわずかなやりとりでも垣間見える気遣い。
そんな彼を素敵だと思っていたのだもの。

「ご挨拶もできずに申し訳ありませんでした」
「詮索するようですが、何かありましたか?」
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