― 伝わりますか ―
 ──悠仁采様……。

 小さな琴の音と共に、あの懐かしい優しい声が蘇ってきた。

 ──ゆうじんさいさま……。

 これは水の冷ややかさが織り出す幻覚なのかも知れない。川は火傷の肌を時には優しく、時には激しく刺しつつきながら、悠仁采の思考や五感を麻痺させ、そのまま彼を死の淵へと追いやっていた。

 ──ゆう……じん……さい……さま……。

 (ああ……もう一度、あの声を──)

 全ては夢。幻。月葉の形をした死の誘惑。

 しかし今まさに彼は、その誘惑の虜となろうとしていた。いや、なりたがっていると言っても過言ではない。

(あに)(さま)、あれを……」

 (月葉の声……?)

 その時、悠仁采が遠い意識の何処かで聞いたのは、月葉その人の物であった。

 何気なく、ほっとしたように淡い息を吐き、彼は眠りにつく。

 死は再び、遠ざかっていたことも知らずに──。



 悪に走る者、(ゆえ)なくしてならず、

 悠仁采、これの(たぐい)なり──。


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