― 伝わりますか ―
「そこまで言わずとも……」

 依然壁に寄り掛かったまま、伊織は不服そうな顔で右京を見詰めた。万が一、悠仁采が織田配下の者であったなら、彼を逃がしはしないであろう。そうとでも言いたそうに。

「いいえ、見ていれば分かるのです、伊織様。おじじ様は織田家の方ではない。もちろん伊織様もそのことにはお気付きでしょう。もし織田家の方だとしても、私は、私を切り殺すようなお方ではないと思うのです」

 傍らに秋の寄り添う右京の表情は、淀みなどない笑みを浮かべ、悠仁采へと向けて真っ直ぐに貫かれていた。

 おそらくは、彼自身気付かない血の繋がりを嗅ぎ取ったのだ。

 遠い遠い昔。月葉と共に過ごした悠仁采の姿が目の前にあった。──と同時に、笑顔を刻んだ月葉の姿さえもが。小川の流れは時間すら戻すことが出来るのであろうか。今此処に居るのは以前の二人に相違ない。

 そして流れは更に(さかのぼ)り、悠仁采の込み上げてきそうな涙の向こうには、我が弟右近の姿も映った。父に愛された人形たる弟──。しかし存在する右近の孫は人形ではなく、野生の中で鍛えられた左近の姿でもある。


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