― 伝わりますか ―
 ──翌朝。

 かはたれ時の薄煙の中を、早くも伊織と秋は右京の小屋へと向かって馬を走らせていた。

 狩人の朝は早い。既に右京は朝食の準備を済ませ、森の奥へ進むための用意をしている。二人が到着したことに気が付いて、彼はそちらに手を振り、未だ暗い森の道を歩み始めるのだった。

 秋は伊織に優しく馬上から降ろしてもらい、静かに小屋へと入っていった。薄暗い中、囲炉裏の炎が微かに燃え、鍋の中の粥を冷まさないようにしてある。右京の床はすっかり片付けられ、しかし悠仁采のものは未だそのままであった。

 悠仁采は目を覚まさなかった。

 近付いてみれば静かに息をしてはいるが、顔じゅう身体じゅうから汗が噴き出し、苦しげな表情をしている。秋は急いで彼の汗を(ぬぐ)いはしたが、それは無意味にも等しかった。

「……」

 時折震える唇から小さく声が洩れる。右手はちぎれそうなほどに布団を掴み、長い銀髪は汗に濡れて床に広がった。

 ──悪夢、だ……。

 秋はそう感じて、伸ばした手を戻しながら後ずさった。悠仁采のこけ細った頬からは死相が微かに色を見せている。死、そのものではなく、死までの長い道のり。

「……つ……き。月っ! ……」

 以前秋に向けて発せられた言葉。それは「秋」ではなく「月」であったにも関わらず、耳を塞いでしまうほど苦しい。


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