― 伝わりますか ―
 いや、月葉自身が悠仁采を想って流させた嘘の噂やも知れぬ……が、もはや確かめる(すべ)はない。

「察するに、じじ殿は右京殿のご祖父どころか、我が祖母 月までもご存知とお見受け致しまする……祖母は我が父を産む際に熱に侵され亡くなりました。人質としての輿入れでしたが、正妻に勝るとも劣らぬ寵愛を受け、幸せな二年を送ったと聞いております。……ですが──」

 幸福な歳月──それは悠仁采と共に過ごした十数日をも上回る月日であったのだろうか。口のきけぬ月葉が唯一発した言葉──それが“悠仁采”のみであったという逸話を信じたい気持ちに、(いささ)か己の弱さを(あざけ)ってみる悠仁采ではあるが、しかしそのような考えに浸る間も与えず、彼を現実へと呼び戻したのは、伊織の濁った言葉の続きであった。

「ですが……織田家に尽くして参った私に与えられた名……敏信の『敏』は、曽祖父 龍敏の一字。これを頂戴致しました訳を信長様はっ……「あの者のように織田に従順であれ」と(わら)い飛ばしたのでございます」


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