YUZU

「柚樹、あのな」

 帰りの車で父さんは何度か「柚樹、あのな」と言いかけた。
 でも結局「学校はどうだ?」とか「最近の給食はアレルギー対策がしっかりしてるんだってな」とか、小学校の話題に無理やりすり替えていた。

 今、学校のことは話したくないのに。面倒くさくて、柚樹は寝たふりを続けた。

 ようやく家に着いて玄関を開けた途端、香ばしい揚げ物の匂いが鼻をついた。
 キッチンはさっきまで母さんがいたようなやりかけの状態で、柚樹の大好きな唐揚げとトンカツが大量に網の上に乗っている。
 フリーザーパックにもいろんなおかずが小分けに詰められていて、それぞれの日付の欄には「副菜」、「朝」などと書かれている。いかにも几帳面な母さんらしいと思った。

 白米は、お茶碗一杯ずつラップに包んで冷凍されていた。焼き魚まで冷凍庫に入っている。野菜がたくさん取れるスープや具沢山味噌汁などの即席スープの素も買ってあった。

「母さん、お前のために頑張ってたんだな」と父さんが呟く。

(別に頼んだわけじゃねーし)と柚樹はイライラした。

 こんなもん作って入院されても、ちっとも嬉しくない。それより妊娠するなって話だ。
 夜ご飯は父さんと二人で唐揚げととんかつをつまんで、残りはフリーザーパックに入れて冷凍した。

 食事中も父さんは、「柚樹、さっきの」と言いかけては「ほら、小学校の体育は今何してるんだ?」と強引に話題をすり替えていた。

 マジでウザい。

 赤ちゃんの話をされてもムカつくけど、言いかけてやめるのもムカつく。ちらちらこっちの反応を伺うような仕草もムカつく。

「父さんの頃は、ドッヂボールが流行っててな。昼休みと放課後はみんなでよく遊んだよ。柚樹はドッヂボール得意か?」
「別に普通」

「そうか、普通か……」
 落胆する父さんをジロリとねめつけながら、母さんが入院している間、毎日これを繰り返す気かよ、と思う。

 マジでうんざりなんですけど。
< 8 / 128 >

この作品をシェア

pagetop