君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
「あの……」

それまで黙っていた母が小さく口を開く。

その声音に柔らかさが感じられなくて、陽茉莉の心臓はドキリと跳ねる。その口から何が発せられるのか、陽茉莉は背中に冷たい汗をかきながら見つめた。

「あなたが車椅子であるということで、陽茉莉の負担は増えないかしら? 失礼なことを言うようだけど、やっぱり介助とかいるのよね? 生活や行動も制限されないかしら?」

「そうですね。それは全くないとは言い切れないです」

「負担じゃないよ。なんてこというのお母さん! ごめんね、亮平さん」

「大丈夫だよ、陽茉莉。親なら誰だってそう思うよ。大事な娘が苦労するのは嫌だからね」

優しく言ってくれる亮平だが、陽茉莉は悲しくて悔しくて仕方がなかった。自分は亮平といると幸せでたまらないのに、どうして母はそんな意地悪なことを言うのだろう。

亮平が車椅子であることに陽茉莉は何とも思わない。車椅子だからできないことがあるのは当たり前で、だからといって無理にそれをしようとは思わないし、できることをすればいいだけなのに。亮平だって陽茉莉に何かを押しつけてくることはないし、一緒にいて困ったこともない。

「私は陽茉莉に幸せになってもらいたいだけなのよ」

諭すような口調で言われても、陽茉莉には何も響かなかった。ただ小さな声で「私は幸せなのに」と反論することしかできず、俯いてしまう。

「陽茉莉、お父さんとお母さんに食事を楽しんでもらおうか」

そっと背中を押され、陽茉莉はハッとする。

「あ、うん、そうだね。お父さんお母さん、ここのお料理すごく美味しいの。絶対に気に入ると思うから食べてみて」

気持ちを振り払うように言えば、両親も「じゃあ」と箸を取る。うやむやになった関係をこれ以上拗らせたくなくて、誰もが上辺だけの笑顔で取り繕った。別にケンカをしたいわけではないのだ。

それぞれの気持ちは誰にもわからないし伝わらないまま。各々その想いを飲み込んで――。
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