「あなたが運命の人を見つける前に、思い出をください」と一夜を共にした翌朝、私が彼の番なことが判明しました ~白銀の狼公爵の、一途すぎる溺愛~
 お気に入りのドレスや装飾品を取り上げられたときには、それなりに悲しくなったものだった。
 だが、今の彼女はもう、そんなことは気にならない。
 動きやすい簡素なワンピースと、シンプルな靴でよかった。だって、こんなにも早く走れるのだから。
 そんなふうに思いながら、彼女は町中を駆けていく。
 自分を高揚させる「なにか」がそばにある。
 進むにつれて、なんだか甘い香りも感じるようになってきた。
 
 己の本能に従い、辿りついた先には――

「……パン屋、さん?」

 カリーナの前に現れたのは、ごくごく普通の……公爵家の出のカリーナからすれば平民用の、パン屋だった。
 獣人であるカリーナには、パンの香りもよく感じられる。
 店内には甘いパンもあるだろうが、カリーナに届くこの香りは、クリームやカスタードのものではない。
 この中に、自分にとって大事な「なにか」がある。
 そう確信したカリーナは、そっとドアを開けた。
 
「いらっしゃいませ。可愛らしいお嬢さん」

 店内に足を踏み入れたカリーナに、店の男が笑顔を向ける。
 カリーナの本能が言う。
 この人だ、と。

「あの、あなたは……!」

 すべてが吹き飛ぶような高揚感でいっぱいになりながら、カリーナはその男性に向かって歩みを進めていく。
 カリーナのグレンへの恋心は、きれいさっぱり消え去った。
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