まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
「来なさいっ!」
イカネさんの声に被せるように、女子生徒が叫ぶ。
「…………え?」
スサノオノミコトが操作権を奪い、そこから一瞬で飛び退く。
顔を上げると、私の立っていたところには、犬の生首が浮いていた。
「……うっそぉん………」
思わず気持ち悪い声が出た。
目の落ち窪んだ、ボサボサの毛並み。
牙の隙間からボタボタと溢れるよだれは地面を溶かし、煙をあげる。
首の辺りから伸びた鎖は女子生徒が握っている。
彼女は凶悪な笑みで高笑いした。
「よく今のを避けたわね。ブスのくせにやるじゃない」
『犬神ですか』
『これじゃあ穏便なんて言ってらんないねぇ。実力行使決定で。異論は認めないよぉ?』
状況が変わった。
ツクヨミノミコトの提案に、否はない。
いくら平和的解決を望んでいても、無抵抗でやられる趣味はない。
「命まではとらないように」
『お任せあれっ』
いい返事をしてくれたツクヨミノミコトに変わる。
「伏せ」
「ギャアアアアァァァ!」
手をかざし命令すると、犬の生首はべしゃりと地面に叩きつけられ、叫びをあげる。
命令を聞いたわけではない。
重力で押し潰しているのだ。
「キャアアァァッ!」
反撃にあうと思っていない女子生徒は悲鳴を上げ、鎖から手を離した。
彼女の足元で鎖は砕け、首輪を無くした犬の生首が徐々に巨大化する。
むくむく起き上がってくるのを、地が凹むほどに重力を強めて押さえつける。
よだれや血液が垂れ流されたそこから、瘴気が湧く。
『まずいですね。土地が汚染されていく』
軽自動車くらいの大きさまで巨大化すると、黒い靄が首から下を形作る。
「逢魔時ってのも、あちらさん優位のひとつだねぇ」
重力の中で立ち上がられて、ツクヨミノミコトが舌打ちした。
「完全な夜なら、私の領域なのに……」
『月海さん、わたくしをお呼びください! 結界を張らないと、周囲に被害が……』
瞬間。
巨大化して、胴体を手に入れた犬神の後ろ脚が女子生徒を襲う。
「ヒィ…………ッ!」
恐怖で声も出ない彼女は目を逸らすので精一杯。
私の位置から彼女までは遠い。
間に合わないっ。
ガリイイィィッ、と、犬神の後ろ足が校舎の壁を削った。
勢いあまって宙を舞う犬神。
水道管にも穴が空いたのか、勢いよく飛び出した水が犬神にかかるも、巨大な体からすれば水鉄砲を浴びるようなもの。
ダメージは期待できない。
それでも鬱陶しそうに顔を背けている。
今のうちに女子生徒のところに行こうとしたが。
「………っ」
彼女がいたところは、瓦礫が積み上がっていた。
運悪く潰されてしまったのだ。
……助けられなかった。
犬神を出してきたのは彼女だ。
自業自得って言っちゃえばそうなんだけど。
「……っっく、そっ!」
やるせない思いを叫んだ。
別に、友達だったわけじゃない。
むしろ先輩のせいで敵認定された仲だ。
でも、さ、目の前で死なれると気分が悪いよね。
だからさ、私の都合で仇をとりましょう。
瓦礫の前で手を合わせる。
「ツクヨミさん、スサノオさん、力を貸してください」