【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~

10. ムキムキ魔法使い

 冒険者たちの陽気な歓談が広がるロビーに、いきなり若い男の怒声が響き渡った。

「お前はクビだって言ってんだろ! この臆病者!」

「そ、それは困りますぅ」

 見ると、剣士らしき冒険者が大男にクビを宣告しているようだった。その大男は、雄々しい髭と筋骨隆々とした身体を持ちながら、魔法使いのベストを着ている。この図体で魔法使いらしかった。

「うちはもう少しでBランクパーティになるって大切な時期なんだよ。撤退ばかりしようとする臆病者は邪魔だ!」

「いや、でも、命あっての物種ですよ?」

「だからって冒険者がすぐ撤退してたら商売にならないの! クビ!」

「そ、そんなぁ……、頼みますよぉ……」

「お前、冒険者に向いてねーわ。田舎に帰んな! じゃあな!」

 すがろうとする大男を手で払いのけると、剣士はアゴで仲間に出口を指した。

「田舎なんて……」

 大男はガックリとひざをつく。

「みろよ、【子リス大魔神】がまたクビになったぜ」「あの図体でなんでああなのかね?」

 周りの冒険者連中はそんな大男をあざけり、嗤った。

 剣士たち一行は、ぞろぞろと出て行ってしまう。

 あぁぁ……。

 大男は力なく手を伸ばし、うなだれた。

 冒険者はパーティを組まないと難しい。しかし、昨今は貴族たちによる重税からの不景気でなかなか仕事もなく、クビになるのは死活問題だった。

 そんな様子をじっと見ていたオディールは、大男ながら小動物のような可愛さにキュンとしてしまう。この手の人はきっと悪いことができないに違いない。

 オディールはニヤッと笑うと、テッテッテと大男のところへ行き、うなだれている肩をポンポンと叩いた。

「君いいね、最高! どう? 僕らの護衛しない?」

 サムアップしながらウキウキでスカウトするオディール。

 へ……?

 いきなりの提案に大男はあっけにとられ、涙を浮かべたままオディールを見上げた。

「女二人で旅行してるんだけど物騒でさ、ついてきてくれると助かるんだけど……」

「りょ、旅行の護衛……ですか? ……。こ、恐くなければ……やりますよ?」

「恐くないよ、旅のお供だから楽しいよ!」

 ニコッと笑うオディール。

「旅のお供……、何だか面白そうですねぇ」

 そう言いながらゆっくりと立ち上がる大男。身長は二メートルほどありそうで、その盛り上がる大胸筋と太い二の腕の迫力にオディールは思わず後ずさる。

「お、おぉ……、い、いいね。いい迫力だ」

「こんななりして魔法使いなんです……」

 大男は猫背になって頭をかいた。

「うーん、ちょっと背筋伸ばして腕組んで、キッとにらんで」

「こ、こうですか?」

 言われた通りにポーズを取ると、その筋骨隆々な男からは畏怖すら感じさせる威圧感が溢れ、見る者すべてをたじろがせる迫力があった。

 お、おぉ……。

 その想像以上の圧力に一瞬ひるんだオディールだったが、ニコッと笑うとまるで丸太のような二の腕をパンパンと叩く。

「いいね、いいね! 合格! 君はその顔で僕らの後ろについてきてくれるだけでいいよ」

「えっ? これだけでいいんですか?」

 大男は驚き、優しそうに笑う。

「ほらほら、顔崩れてる! キッ!」

 オディールは眉をひそめ大男を指さした。

 キッ!

 そう言いながら大男は慌てて険しい顔に戻る。

「よーし、じゃぁ契約だ!」

 オディールはニコッと笑うと大男に右手を差し出した。

 大男は嬉しそうにニッコリと笑い、がっしりと握手をする。

「あ、あたたた……」

 あまりの握力に手がつぶれそうになったオディールだったが、頼もしい仲間が一人増えたことでその心は喜びに輝いていた。

 男の名はヴォルフラム。【風神に選ばれしもの】スキルを持ち、風魔法を使える若く優しき魔法使いだった。


      ◇


 その晩、レストランで食事をしながら作戦会議をする――――。

「で、ど、どこへ旅行するんですか?」

 ヴォルフラムはリンゴジュースをちびりちびりと飲みながら、でかい図体を小さくして恐る恐るオディールに聞いた。

 その子リスのような仕草にオディールはクスッと笑うと、顔をのぞきこむように聞き返す。

「どこがいいと思う?」

「えっ!? 行先決まってないんですか!?」

「だって、旅行行くの決まったの今日だもんね?」

 オディールはミラーナに振る。

「そうなんですよ。いきなりで笑っちゃうの」

 ミラーナは肩をすくめた。

 ヴォルフラムはポカンと口を開けて無計画な二人の美少女を眺め、首をかしげる。

 こんな人たちについていって大丈夫なのかと不安になるヴォルフラムだったが、リンゴジュースをグッと一口飲んで息を落ち着けるとオディールに聞いた。

「はぁ……。それで王都からまずこの街に来たと……。どういうところ行きたいんですか?」

「どういうところがあるの?」

 ニコニコしながら聞き返すオディール。

「北の方へ行けばサーモンが美味しい氷の街、南に行けばカジノがあるリゾートの街……」

「東に行けば?」

「東? 東なんて山脈超えたらもう砂漠で何もないですよ」

 ヴォルフラムは首を振り、肩をすくめる。

「砂漠……?」

「正確には山を越えたところに自分の生まれた村があって、そこが最後ですね。その先は見渡す限りの荒れ野の砂漠です」

「へぇ、そんなところで生まれたんだ。村の名物って何?」

 オディールは肉の一切れをフォークで突き刺すと、パクっと口の中にほおばった。

「いや、本当にド田舎の貧しい村なんで何もないですよ。娯楽も何もないんで子供の頃はドラゴン飛んでるのをボーっと見てたくらい……」

「ド、ドラゴン!? あの巨大な龍みたいな?」

 オディールは初めて聞くファンタジーな話に身を乗り出した。

 なんとこの世界にはドラゴンがいるらしい。もちろん、国造り神話の中で、はるか昔、初代国王がドラゴンと共に国を創ったという伝説は残っているが、まさか本当に実在していたとは全然知らなかったのだ。伝説では口から吐く炎で見渡す限り焼け野原にしたと伝わっているが、もしかしたら本当にそんなこともできるのかもしれない。

「ドラゴンですよ? 知らないんですか?」

 ヴォルフラムはなぜドラゴンなんかに興味があるのかよく分からず、面倒くさそうに返す。

「ドラゴン……」

 オディールは手を組んで宙を見上げ、美しい碧眼をキラキラとさせながらまだ見ぬドラゴンを想う。それはまさに思い描いていた、魔法と冒険が交錯する異世界そのものであり、オディールは魂が震え、全身に鳥肌が立った。

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