Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
指摘されて私も気付く。

智くんが女性に見られたり声をかけられたりしていることに完全にただヤキモチを焼いていたのだ。

しかも過去にまで嫉妬する始末である。

私はヤキモチを焼ける立場じゃないのにと思うと急激に恥ずかしくなってきた。

赤くなって俯いていると、智くんは私の頭をポンポンと軽く撫でながら口を開いた。

「まぁ前に来た時は確かに女性と来たよ。でも女性と言っても、母親だけどね」

「‥‥え?お母さん?」

「そう。チェコに赴任することになった時に遊びに来たから案内しただけ。僕もチェコ国内のプラハ以外の都市の様子を勉強したかったっていう目的もあったけどね」

勝手に恋人と来たと思っていて、それに嫉妬するなんて本当に何やってるんだろうか。

そもそも何度も自覚しているとおり、ただの婚約者役である私には嫉妬する権利なんてないのだ。

(あぁ、ヤバイなぁ。きっと昨夜の出来事もあって距離が近くなりすぎてる。智くんの心まで干渉しようとしちゃってる‥‥)


そんなふうに自分を戒めていると、智くんはふいに私の唇にチュッと軽く触れるだけのキスをしてきた。

「環菜は本当に可愛いね」

「今は可愛いとか言われたくないかも。何かバカにされてる気分‥‥」

「そんなことないのに。本心だよ?」

「はいはい。そういうことにしておきます」


面白がっている笑顔で言われても説得力がないのだ。

ちょっとムスッとしながら不貞腐れていると、片手で両頬を掴むようにムニっと挟まれる。

タコのように唇を突き出した状態にされると、智くんはまた言うのだ。

「僕の婚約者は本当に可愛いな」

そしてまたチュッとさっきより長めに、突き出た私の唇にキスをしてきたのだった。

まるで恋人にする甘いじゃれ合いのようで、心がザワザワする。

思わず心の中で何度も何度も「私はただの婚約者役。勘違いするな」と繰り返し念仏のように唱えた。



この旅行でずっと恋人のように振る舞っていたこと、そして一線を越えてしまったことで、確実に私たちの距離感は近くなった。

そんな権利なんかないのに嫉妬までしてしまうくらい心が欲しいと思い始めている。

でも、今日家に帰ったらこの夢のような甘い時間は終わるのだ。

また人目のある時以外は、【婚約者役を頼まれた智くんに興味のない私役】を演じなければいけない。

その役をちゃんと演じ切れるのか、今までどんな役を演じる時にも感じたことのない自信のなさを感じ、私は不安で不安で仕方なかったーー。
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