Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
「なんか桜庭さんご機嫌ですね!こんなに忙しいのに顔色がツヤツヤしてるし」

仕事をしていると、渡瀬にそんな言葉を投げかけられた。

その言葉に心当たりは大いにあるが、周囲に婚約者だと紹介している環菜と、本当の意味で心が通じ合ったとは今さら言えない。

というか、昨日は具体的に話さなかったけど、今後についてもすり合わせをしていなかったことに思い至る。

(環菜はどうしたいだろう。普通に恋人関係を望むのか、それともこのまま本当に婚約者になってくれるのか‥‥?)

僕としては、もう環菜以外の女性は考えられないから、婚約者でいて欲しい。

ビザの関係もあるだろうし、なんだったら早く籍を入れてしまいたいくらいだ。

そうすれば問題なく、一緒にいることができる。

ただ一つ懸念なのは、環菜が頑なに何かを隠そうとしていることだ。

日本で何の仕事をしていたのか、なぜプラハに来たのか、そのあたりをいつも誤魔化される。

でも今なら素直に話してくれるかもしれない。

今日帰ったら今後のことを話し合いながら、そのことについてもきちんと聞いてみようと思った。



日本へ渡航する前日ということもあり、今日はそれほど遅くならず20時過ぎには家に着いた。

「ただいま」

玄関でそう声をかけるが返事がない。

今日はカフェでの仕事はないと言っていたから家にいるはずなのに、おかしいなと思う。

中に進むと、キッチンやリビングも真っ暗だ。

環菜の部屋の電気もついておらず、人の気配がしない。

前に環菜が情緒不安定になった時のことを思い出し、嫌な予感がよぎる。

急いで環菜の部屋をノックするも、やはり返事がない。

(何かあったのか‥‥?またあの時のみたいに布団にくるまって震えているのかもしれない)

そう思い、返事を待たずドアを無理やり開け、中を見て驚いた。

驚愕で呆然と立ち尽くしてしまう。




そこに環菜はいなかった。

いや、環菜だけではない。

荷物もすべてなくなっていて、部屋は間抜(もぬ)けの殻になっていたのだったーー。
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