Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
「おはようございます。あれ、桜庭さん、何か今日顔色悪くないですか?眠そうですね」

出勤するやいなや、渡瀬に目敏く気付かれた。

鈍い男ではあるが、やはり外交官として人の顔色はよく見ているらしい。

「あぁ、ちょっと昨日色々あってね」

ニコリと笑顔を作ってやんわりと誤魔化せば、何を思ったのかニヤニヤ笑って耳元でコソッと囁いてくる。

「昨夜はお楽しみだったんです?環菜さんが寝かせてくれなかったんですか?」

ある意味そうだが、渡瀬が思い描いているのは違うことだろう。

面倒なので特に訂正はせず、曖昧に答えておく。

「まぁそんなところかな」

「ラブラブですね。羨ましいです!」

羨望の眼差しを向けられたが、残念ながら渡瀬が思ってる方の意味で僕は環菜と寝たことはないのだ。

婚約者《《役》》だから、当然といえば当然なのだが。

そんなことを暴露したらさぞ驚かれることだろうなと思った。

「そういえば、渡瀬は環菜が働いてるカフェに何度か行ったことがあるって言ってたっけ?」

「ありますよ。あそこはもともと僕がよく行ってた店ですから。環菜さんに接客してもらいましたよ」

「その時に、前にスリの件で対応した音大生の子って見かけなかった?」

「三上さんでしたっけ。そういえば1回だけ店内で見かけたような気がしますね」

やはり彼女はカフェまで行っていたらしい。

環菜が何か言ってきたことはないから、接触はしていないのだろう。

(いや、もしかして昨日の環菜のあの取り乱し様は三上さんが原因とか?でもそれなら僕にも関係があるから環菜はあんなに頑なに話そうとしないことはないだろうし)

そういう点では、環菜は理性的な判断ができる女性だと思う。

僕に関係することであれば間違いなく報告してくれるだろう。

それならあの怯えるような混乱ぶりは何が原因なのだろうか。

頑なに口を開かないし、あの様子だと日を改めたとしても話してくれなさそうだ。

それについては後々探るとして、とりあえず三上さんの件は手を打っておく必要がありそうだ。

「もしまたあのカフェに行ったら、三上さんがいないか、不審な行動をとっていないか見ておいてくれない?」

「何か懸念があるんですか?」

「僕が三上さんに付き纏われてるのは知ってると思うけど、どうやらその範囲を環菜にまで広げてるようなんだよね。ちょっと心配でさ」

「そういうことなら分かりました!あそこには割と頻繁に行ってる方だと思うので気にかけておきます!」

ストーカー対策は、周囲の協力を得ることが重要だ。

渡瀬を巻き込んだことで、少しは手が打てていれば良いが。

あのお嬢さまが何を企んでいるのか分からないから、環菜に害が及ばないように他にも何か考えておく必要があるかもと、僕は思考を巡らせ始めたーー。

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