若旦那様の憂鬱〜その後の話し〜
「そうしてくれ。」
俺は花が入院した事で少しは安心出来るだろうか?

多分、それはそれで心配事は尽きないだろうな…。

「花、一つだけ教えて欲しい事がある。」

花は多分、自分から何故階段から落ちたのか言わないだろう。

だが。このまま聞かない訳にもいかないと、俺は腹を括って花のベッドの脇に腰掛ける。

「どんな事?」
至って明るく花は聞く。

「階段から落ちた時、誰かと話していたのか?」

少しの沈黙の後、

「何でそう思うの?」
花が逆に問いかけてくる。

出来れば話したく無いのだろうか?
だけど、もしも誰かが花を階段から落としたのならば、れっきとした犯罪だ。

罪は償うべきだし、もしもこのまま放って置くと、また何かの形で花が狙われる恐れだってある。

「話したく無い?」

「そう言う訳じゃ無いけど…。」
明らかに目が泳ぎ戸惑っている様だ。

「遠藤先生が、駆け付けた時に玄関から逃げて行く人影を見たそうだ。」
花の手を取り優しく握る。

「…私、顔は見てないの…。
ゆっくり階段を降りていたら、後ろから誰かに呼ばれた気がして振り返って…誰かに押された気はするけど……その後の記憶は全然無くて。」

頭を抑えながら辛そうに話す。

俺は花をそっと抱きしめて頭を撫ぜる。

「ありがとう話してくれて。
俺としては、警察に通報した方が良いと思う。
このまま放っておいたら、またいつ何時花が狙われるかも知れないんだ。
周りに怯えて暮らすのはもう二度と嫌だろ?」

こくんと花は小さく頷く。

命を危険に晒されたというのに、花からは怒りも憤りも感じ取れない。

「誰か検討が付くのか?」
俺の腕の中、俯いたままの花が首を横に振る。

「下手したら花だって、お腹の子だって命の危険があったんだ。花は犯人を許せないとか思わないのか?」

「…私の何かが気に食わなくて…そういう恨みを買ったんだったら、私にだって落ち度があるから…。」

「花はどこまで優しいんだ。」
俺は堪らず溜め息を吐く。

「他人を思いやる心が強いのは花の長所だけど、今回は同情の余地無しだ。
俺は大事な花を危険に晒した奴を許せない。」

今回ばかりは花とお腹の子を守る為、俺は直ぐに行動に移した。

翌日には園長に連絡を取り承諾を得てから被害届を警察に提出した。

それから、事情聴取に現場検証やら、花の体調的に心配になるほどバタバタしたが何とかこなしてくれた。

仕事の方も秘書の永井がそつなくこなし、公演会も問題無く盛況で終わったと報告があった。これからは徐々に外部の仕事に関しては手分けして行こうと思う。

育休は取れ無いまでも、仕事をセーブして育児を手伝いたい。旅館業が忙しくて俺自身が寂しい幼少期を送っているせいか、それは強く思っている。
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