さよならの春 ぼくと真奈美の恋物語
 ぼくと真奈美は同じ産婦人科で生まれたんだ。 真奈美は5月、ぼくは9月だ。
お母さんたちは高校の同級生で、スーパーで働きながらお腹の子のことを話し合ってたんだって。
幼稚園時代、同じクラスになったぼくたちはいつも隣同士だった。
昼休みになるといつもぼくらは三輪車を走らせて遊んでいた。
っていうか、いつも真奈美が乗った三輪車をぼくが押していたんだけどさ、、、。
「猛君 押して。」 その日もぼくらは楽しそうに三輪車を走らせていた。
すると、、、。 「はーい、山下君 あんまり速く走らせないのよーー。」
赴任したばかりの小池真理子先生が歩いてきた。 そしてスロープに差し掛かった時のこと。
「キャーーー!」 ぼくの後ろで大きな声が聞こえた。
驚いて振り向いたらスロープで真理子先生が転んでいた。 洗剤でもこぼれていたのだろうか?
ぼくは転んでいる真理子先生の姿に釘付けになった。
だってさあ、足を大きく開いて転んでいたんだもん。 赤面しているぼくに気付いた真理子先生は慌てて飛んできて飴玉をくれた。
「転んだことは内緒にしといてね。」 ニヤッと笑う顔は今も忘れられない。
小さな幼稚園だったから、そんなことを言ったってすぐにばれてしまう。 じゃあ、、、?
 遠足も楽しかったなあ。 いつも真奈美が一緒に居た。
桜の木の下でおにぎりを食べる。 真奈美はいつも心配そうにぼくを見ていた。
「猛君はすぐ喉に詰まらせるんだからゆっくり食べてね。」 そう言いながらお茶を入れてくれていた。
「しょうがないなあ。 猛君 落ち着いて食べなきゃダメだよ。」 ぼくは真奈美が入れてくれたお茶を飲みながら空を見る。
「聞いてるの?」 「う、うん。」
「聞いてたら返事くらいしてよね。」 「ごめん。」
「さあ、食べ終わったら遊びに行こうね。」 真奈美は肩まで伸ばした髪を掻きながら笑っていた。
そんなことも思い出になってしまったのか。

 夏休みになるとラジオ体操の時間が来る。 ぼくはいつものようにボーっとした顔で立っている。
出てくるだけましかって感じだよね。 真奈美はいつもきちんとカードにスタンプを押してもらっている。
「ねえねえ、後でさあ公園に行こうよ。」 「何するの?」
「走ったりして思いっきり遊ぼうよ。」 「うーーーーーん。」
「猛君も来てね 絶対。」 「分かった、、、。」
とはいうけれど、真夏の真昼の公園は、、、。 あんまり暑いのも疲れるから嫌だよなあ。
でも行かないと真奈美はものすごーい顔で怒るんだろうなあ、きっと。 しょうがないな。
 それで約束の2時に公園へ行く。 「ねえねえ、ジャングルジムに上ろうよ。」
言うが早いか、真奈美はスルスルとジャングルジムへ上っていく。 「早くおいでよ!」
てっぺんまで上った真奈美の声が聞こえる。 ぼくはふと上を見上げて真っ赤になってしまった。
だってさあ、真奈美のパンツが丸見えなんだもん。 まさか「パンツ丸見えだよ。」なんて言えないぼくはもじもじしてしまう。
「どうしたの? 早く来ないと下りちゃうよ!」 真奈美は叫んでいるけれどぼくはどうしたらいいのか分からない。
やっとの思いでてっぺんに上ると真奈美は真っ青な空を仰いでいた。 「ねえねえ、あの空の向こうには何が有るのかなあ?」
白い雲がゆったりと流れていく。 時々、飛行機やヘリコプターが雲を掻きまわして飛んでいく。
その遥かな向こうには何が有るのだろう? でも真奈美と一緒に居られるのなら何だっていい。
ぼくはそう思った。

 小学校も4年生になるとクラブ活動の時間が始まる。 「ねえねえ、猛君は何をするの?」
クラブ名が書かれたシートを見ながら真奈美が聞いてきた。 「うーーーーーん、、、。」
何をするったって何が何なのかぼくには分らない。 「んもう、はっきりしない人よねえ。 私が教えてあげるから一緒にテニスやらない?」
煮え切らないぼくにイライラした真奈美はさっさと決めてシートに名前を書いた。
 いつでも何処でも何でもぼくは真奈美に押し切られてしまうんだ。
そうやってテニスを始めた1年後、顧問の沼田先生が対抗試合をやろうと言い出した。
男の子対女の子でやるらしい。 参加している児童は8人ほどでトーナメント方式だって。
いつも怒られてばかりの三好純一と高橋桃子がラケットを持って向かい合った。 「試合開始!」
二人の応援団は賑やかで取ったの取られたのと大騒ぎだ。 「桃子ちゃん いいよ! その調子!」
懸命に応援している真奈美の横でなぜかぼくは緊張してしまっている。 だって相手は真奈美なんだもん。
「ゲームセット! じゃあ次は山下と吉川だな。」 沼田先生の声が聞こえてぼくもラケットを持った。
「試合開始!」 笛の音が聞こえてぼくらは改めて向かい合った。
すると、、、。 「おーい、どうした? 試合は始まってるぞ!」
沼田先生も怪訝そうに聞いてくる。 「体調でも悪いのか?」
「いえ、、、。」 「じゃあ、ちゃんとやれよ。」
そうは言うけれど、真奈美の姿を見付けると緊張してしまってぼくは何も出来なくなってしまう。
「どうしたの? 打ってきてよ!」 真奈美までがイライラしている。
「山下さあ、もしかしてこれ、、、じゃないの?」 6年生の小島裕作が手でハートマークを作ってみせる。
「しょうがねえなあ。 じゃあ、吉川に代わって斎藤ならいいだろう?」 ということでぼくはやっと試合をすることが出来た。
クラブ活動が終わってから真奈美がぼくに聞いてきた。 「どうしたの?」
「分からないよ。」 「変なの。」
ぼくだっておかしいとは思ったよ。 でもどうしていいのか分からなかったんだ。
今から思えばさ、真奈美が女らしくなっていく姿にどう反応していいのか分からなかったんだよ。
確かに一年前とは違っていた。 胸だって膨らんできてたし、どう見てもお姉さんにしか見えなかったんだよ。
やっぱりぼくは真奈美に恋をしていた。 その気持ちをごまかそうとしてたんだ。
笑顔まで変わってしまったような気がして、どうしていいか分からなかった。
 その後も何度か対決したけど、やっと試合を出来たのは秋になってからだった。
 「女の子にはね、生理っていうのが有るのよ。 真奈美ちゃんだってそろそろね。」 食器を洗いながら母さんはぼくに教えてくれた。
「生理?」 「そう。 赤ちゃんを産めるようになるのよ。」
「真奈美ちゃんが?」 「そうよ。 だからこれからは真奈美ちゃんに優しくしなきゃねえ。」
 いつだったか、学校の帰り道で真奈美がお尻を押さえていたことが有ったっけ。 「どうしたの?」
「んんんんんん、何でもない。 今日は用事が有るから、、、また明日ね。」
真奈美はそう言うと飛ぶように家へ帰ってしまった。 母さんはぼくの話を聞いていたけれど、訳が分からなくて真奈美の母さんに電話を掛けた。
「え? なあんだ、、、そういうことか。 ありがとう。」 受話器を置いた母さんはホッとして溜息を吐いた。
それからもぼくらは一緒に遊んでいた。 何事も無かったようにね。
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