さよならの春 ぼくと真奈美の恋物語

2. それから

 「よし。 今日は山下君にこの売り場を任せるよ。」 吉川さんが真面目な顔で言った。
「って言われてもぼくじゃ、、、。」 「心配するな。 内山さんも一緒だから。」
「よろしくお願いしますねえ 山下さん。」 涼子はテキパキと仕事をこなす人である。
「責任者なんだから頑張ってくれよ。」 吉川さんはポンと肩を叩くと事務所へ入っていった。
 もう6月だ。 世間では梅雨の話題が出てきている。
湿気取りとか乾燥剤とかの売れ筋チェックも欠かせない。
涼子は時々、子供たちの相手をしながら売り場を走り回っている。 真奈美だったらどうしたかな?
無意味かもしれないけれど、そんなことを考えてしまう。
 「いらっしゃいませ!」 「え? 山下さん 何処見て言ってるの?」
「お客さんだよ。」 「居ないじゃない。 何やってるんですか?」
「確かに居たんだけどなあ、、、。」 「それって、、、ゆ、う、れ、い、、、じゃないんですか?」
「そんなアホな、、、確かに来てたんだけどなあ。」 ぼくは陳列台の周りを見回した。
青いポロシャツを着て買い物袋を下げている人、、、。 「誰か、忘れられない人でも居るんですか?」
「まあ、、、。」 「じゃあ、その人の幻でも見たんじゃないんですか?」
涼子は商品を並べながら涼しい顔でそう言った。 (もしかして真奈美なのかな?)
そう思うと落ち着かなくなるじゃないか。
 昼になり、交代で昼食を食べることになったのだが、お客さんが途切れない。
(ありがたいけどさ、これじゃあ昼食を食べれないよ。) そう思ったぼくは涼子に先に昼食を食べるように言ってからレジに立った。
「猛君 無理するんじゃないよ。 体壊さないでね。」 「え?」
声に驚いたぼくが振り向いた時、レジの隅に置いていたコーヒーを突き飛ばしてしまった。
「あのー、濡れちゃったんですけど、、、。」 子供を連れた女性が足元を指差した。
「すいません。 すぐ拭きますから。」 「山下、何やってんだ?」
「いや、飲んでたコーヒーをこぼしちゃって、、、。」 「ここは俺がやるから休憩しろ。」
たまに見に来ていた吉川さんは心配していた。 「よくやってるなとは思うけど、時々失敗するんだよなあ お前。」
昼食を食べて戻ってきたぼくに吉川さんが言う。 「時々ボーっとしてるだろう? 何か見えてるのか?」
「何も、、、。」 「じゃあいいけど、さっきみたいにお客さんにだけは迷惑を掛けるなよ。」
「はい。」 今日の吉川さんは笑っていた。
 トーマスで働き始めて二か月。 なんとかここまでやってきた。
休みの日は家でぼんやりしている。 たまに外出はするけど、真奈美の家の前を通る時はなぜか早足になる。
あれだけ仲良しだったから死んだことを受け入れたくなくてさ、、、。 ぼくを置いていくなんてひどいよ。
「早く来ないと置いていっちゃうよ。」 小学生の頃はそう言われて必死に付いていったけど、なんで真奈美だけ先に逝っちゃったの?
まだまだだよね? まだやりたいことたくさん有ったんだよね?
なんで死んじゃったの? そんなことばかり考えてしまう。
でもゲーセンの跡を通ると真奈美を思い出してしまう。 クレーンゲームに二人で嵌ってたから。
取れたの取れないのってそりゃあ大騒ぎだったよ。
取れた時には真奈美はそればかり見ていて話すことすら無かった。
取れなかった時はこれまたずーーーっと機嫌が悪くてね。
だから、そんな時は二人でアイスを買って食べながら歩いたんだ。 いつもそうだった。
でももう真奈美は居ないんだ。 呼んだって何処にも居ないんだ。
店を出た時、ぼくはまだそこに真奈美が居るような気がしていた。

 高校の卒業式の日、真奈美はどこか疲れているような感じだった。 いつもの元気が無い。
暗い顔をして何かに怯えていた。 それが何なのか、ぼくには分らなかった。
卒業証書を渡されても感情を表に出さない。 おかしい。
お腹の調子でも悪いのかな? 何気にそう思ったりした。
教室に戻ってきても何も話さないで、黙々と荷物の整理をしている。
下校時間が来て昇降口まで来た時、「猛君 頑張ってね。」とだけ言って真奈美は帰って行った。
(短大に進学するから忙しいんだろう。) ぼくはそう思うことにした。
ぼくはトーマスの面接を控えていたし、父さんも忙しくしていたからね。
 夕食を食べながら不意に真奈美のことを思い出してみる。 浮かぬ顔、元気の無い声、重たそうな足取り、、、。
どれを見てもいつもの真奈美ではなかったが、まさか病気だとも思えなかった。
あの時には相当に悪かったんだ。 誰にも言わずに我慢してたんだね。
ぼくだけでもいいから話してほしかった。 傍には居られたんだからさ。
何で言ってくれなかったのさ? ぼくじゃあダメだったのか?
 次の日も吉川さんはぼくに売り場を任せてくれた。 「今日は幽霊さんも居ないでしょうからねえ。」
「内山さん 大丈夫だよ。 分かったから。」 ぼくは冴えない顔でやっと笑った。
「ダメですよ、いきなり叫んじゃ、、、。」 掃除をしながら涼子はぼくを振り返った。
10時、開店と共にお客さんが入ってきた。 今日は半年に一度の安売りの日だ。
みんな広告を持って売り場を歩き回っている。 「これだこれだ!」
あっちこっちからお目当ての商品を見付けた客の歓声が聞こえてくる。
時々、吉川さんが通りかかる。 そのたびにぼくは緊張してしまう。
店内はいつになく賑やかである。 (今日はすごいなあ。)
今まではぼくも客の一人だった。 立場が変わるとこうも見え方が変わるのか? 誰かが言っていた。 「あそこは我々が商品を売りつける場所ではない。
お客さんが気に入った商品を買う場所だ。 だから売り場ではなくて買い場なんだよ。」って。
そうかもしれないな。 買うのはお客さんだ。
ぼくらが売りつけるわけでもなければ、押し付けるわけでもない。
だから吉川さんも宣伝はしない。 聞かれたら教えてあげるだけ。
それでいいと思っている。
涼子は陳列台を見て回っている。 補充係だからねえ。
「無くなってたら申し訳ないじゃない。」 「そうだけど、そうしょっちゅう無くならないよ。」
「でもね、、、。」 責任感が強い人らしい。
 昼になった。 「また叫ばないでくださいね。」
「分かった分かった。」 「ああ、その言い方 怪しいなあ。」
「ほんとに分かったから。」 「頼みますよ。」
涼子はいつでもぼくに釘を刺してくる。 お客さんは途切れない。
こんなに混雑したことが有っただろうか?
手伝いに来た吉川さんも首を捻っている。 真奈美だ。
真奈美が助けてくれたんだ。
ぼくはそう思って休憩室に入った。 そして弁当を広げたのだが、、、。
「ギャーーーーー!」 その声に驚いた吉川さんが飛び込んできた。
「どうした?」 吉川さんはぼくの顔を見るなり、またかという顔をした。
「お前なあ、いきなり叫ぶんじゃないよ。 心臓がぶっ飛んでいくだろうが、、、。」 「すいません。」
ぼくはただ項垂れるしかなかった。 「何が有ったかは知らんが、大声だけはやめてくれ。」
吉川さんと入れ替わりに涼子が入ってきた。
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