最強の花嫁は最愛の花婿を守る為に牙を剥く




昨夜、あの強力な法的拘束力を有する呪われた紙切れに判を押す瞬間まで、志藤尊は万人が認めるごくごく平凡な大学生だった。

十人前の器量に、大学デビューの為に張り切って染めた茶色の髪。

だけどいまいち似合ってなくて、全身からそこはかとなく漂う『ちょいダサ』の『イケてない』オーラ。

それでも、大学生になって、もう3年と1カ月。

残念な見た目に進歩はないが、女の子とお近づきになる為に日々奮闘する馬鹿な性格が功を奏して、男友達だけは着実に増えていった。

彼女が出来ないこと以外は、順風満帆なキャンパスライフに『これはこれでいっか。』なーんて思い始めた頃ー…志藤尊は拉致された。実の父親の部下によって。

焼肉屋のアルバイトを終え、徒歩で帰宅する途中の出来事だった。

死角が多い道の人通りがない時間帯を選んだ、実に鮮やかな犯行だった。

もちろん童貞を卒業するまでは、いや、せめて『未来の彼女』と手を繋ぐまでは死んでも死にきれない尊は、恥も外聞もかなぐり捨て、金切声で男達に対抗した。

「きゃああああ!!助けてぇぇぇぇ!!誘拐魔ぁぁぁぁ!!」

その大音声に仰天した拉致グループの一人が、慌てて遮る。

「お、落ち着いて下せぇ、若!アッシです!覚えておられませんか、ほら、志藤組の…!」

「分かってて叫んでんだ、この馬鹿!!きゃああああ、お巡りさぁぁぁぁん!!助けて、殺されるぅぅぅぅ!!」

「し、信じられねぇ…こいつ、本当に組長の息子かよ…。」

「ええい、こうなったら強硬手段だ!オメェら、若の口を塞げ!無理矢理にでも車に乗せろ!」

こうして、志藤尊は奮闘むなしく黒服の男達に車に詰め込まれ、父親と『客人』が待つという料亭に強制連行されたのだった。




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