純愛メランコリー



「……忘れたくないなぁ」

 気付けば口をついてこぼれていた。

 次に殺されたとき、記憶を失ってしまったら、私はまたひとりぼっちになってしまう。

 毎回毎回、向坂くんに裏切られる形で殺され続け、知らないうちに本物の死へと近づいていく。

 蒼くんの優しさも、寄り添ってくれたあたたかさも忘れて、絶望の渦に飲まれてしまう。

(……嫌だ、そんなの)

 本当に、なんて残酷なループなんだろう。

 このすべてが、向坂くんの本望なの……?



「────簡単だよ」

 蒼くんは微笑を湛えたまま、平然と言ってのける。

「忘れたくないなら、自分で死ねばいい」



 すぐには受け止めきれない言葉だった。

 落ちてきた衝撃が深く心に沈み込む。

 恐怖か緊張か、拒絶したい気持ちが心音を急き立てる。
 動揺に揺れる瞳を自覚した。

「自分、で……?」

 尋ねた声は不安気に細くなった。
 蒼くんは頷く。

「そう。たぶんだけど、殺されなければ記憶は残る」

 それが出来たら苦労なんてしない。
 ループから抜け出せるはずだから。

 そう思いかけて、はっと気が付く。

 息を呑んだ。
 殺されなければ、というのは、単に私の死に方の話だ。

 記憶を失わなかった“昨日”とその前、自分がどう命を落としたのかを改めて認識する。

 確かに死んだ。
 でも、向坂くんに殺されたわけじゃなかった。

「これはきっと、仁くんが作り出したループなんだよ」

 蒼くんの言いたいことが、何となく分かってきたような気がする。

 向坂くんが作り出したループ。
 彼の残虐な欲望を満たすためだけに繰り返す世界。

 ……だから。

「向坂くんの思い通りにならないようにすれば……」

 すなわち────彼に殺されないようにすれば、記憶を失わない?

 向坂くんの望みと異なる行動が、彼の意図を上回って思わぬ展開を生むのかもしれない。

 私に記憶があることは、向坂くんにとっても想定外なはずだから。

 きっと、彼の思惑と逸れる行動が抜け道に繋がるんだ。
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