純愛メランコリー

「……そうだよ、分かってる」

 顔を上げ、凜然と告げる。
 私も今さら白を切り通すつもりなんてない。

 真っ向から話をするためにここへ来たのだ。

 怯んだり嘘をついたりするだけ遠回りになる。

「向坂くんが私を殺すことも、今日を繰り返してることも、ぜんぶ分かってる」

 私の言葉に彼は片方の眉を上げた。
 思いがけないと言うように。真意を量るように。

「……あっそ。ま、そんなの別にどっちだっていいけどな。俺のやることは変わんねぇし」

 おもむろにポケットに手を入れると、素早くペティナイフを取り出す向坂くん。

 躊躇うことなくその先端を私に向ける。

「最初からそのつもりで私を助けてくれてたの……?」

 誰にも邪魔されることなく私を殺せる機会を、ずっと狙っていたのだろうか。

「“そのつもり”、ね……。動機の話なら、確かに(はな)から変わってねぇな」

 彼は平然と言ってのける。
 眉頭に力が込もった。

「私は……向坂くんのこと信じてたのに」

 一瞬俯き、すぐにかぶりを振る。
 過去形じゃない。

「ううん、今だって信じてる」

 届いて欲しい、と願いながら真っ直ぐに彼を見据えた。
 一拍置いて、向坂くんはせせら笑う。

「幸せ者だな」

 冷たい皮肉が突き刺さる。

 温度のない表情と声色は、私の気持ちを打ち砕くのに充分だった。

 ぐらぐらと足元が揺れる。
 絶望の渦に投げ出されたみたいに目の前が暗くなる。



「向坂くんは……私が憎いの?」

 だから、何度も私を殺したいのだろうか。
 だから、私を殺すことに快楽を覚えているのだろうか。

 私が何をしたというのだろう……?

「いや」

 意外にも彼は即座に否定した。

「お前のことは嫌いじゃねぇよ。だから殺すんだろ」

 興がるように口端を持ち上げ、寝かせたナイフの刃で私の顎をすくう。

 触れた切っ先がちくりと痛んだ。

(分かんない……)

 向坂くんが何を言っているのか。
 その意図も思考もまるで理解出来ない。

 “嫌いじゃない”ことを、イコール“好き”だと解釈するほどうぬぼれてはいないけれど。

 嫌いじゃないから殺す、というのはわけが分からない。

 いったい、何を考えているの?
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