純愛メランコリー

第10話

*



(痛……)

 長い時間、同じ姿勢をとっていたような痛みで目を覚ました。

 実際、ずっと横向きのまま寝かされていたみたいだ。
 まず真っ先に自分の両手が見えた。

「……!?」

 意識が一気に覚醒した。頭を擡げる。

 両手首は黒いガムテープでぐるぐる巻きにされ、まとめ上げられていた。

(何これ?)

 状況が飲み込めないまま身体を起こそうとして、足元にも違和感を覚える。
 慌てて見やると、足首も同じように拘束されていた。

 無理に動かそうとすると突っ張るような痛みが走る。
 それでもどうにか起き上がり、その場に座った。

 こんな得体の知れない状況で、いつまでも暢気に寝ていられない。

 恐怖心が背中を滑り落ちていく。

(私、どうなったんだっけ……?)

 記憶を辿り、向坂くんに薬を盛られたことを思い出した。

 あれが毒じゃなくてよかった。
 もしそうだったら、今頃はすべて忘却の彼方だ。



「ここ、は……」

 私は恐る恐る周囲を見回した。

 自分の家でも保健室でもない。
 どこかの家の一室のようだった。

 黒や紺という配色やインテリアから、男の子の部屋だと分かる。

 ベッドの上に服が連なっていたり、机の上にプリントが散らかっていたりする割には、床にも家具にも埃一つ落ちていない。

 石鹸みたいないい香りがした。

(どう考えたって、ここは────)

 そのとき、ドアが開いた。
 反射的にそちらを向き、身を硬くする。

「……起きたか。案外長いこと効いてたな、あの薬」

 そう言いながら、向坂くんは後ろ手でドアを閉めた。
 間違いなく、ここは彼の部屋だろう。

 彼の視線を追うと、枕元にあるデジタル時計が目に入った。
 その表示は11時24分。

 私は3時間近く意識を失っていたようだ。

「何のつもり……?」

 怯んでいるのを悟られないよう精一杯睨みつけるけれど、向坂くんはぜんぶ見透かしたように笑う。

「本気で分かんねぇの?」

 ペティナイフ片手に歩み寄ってくると、私の前に屈んだ。
 逃げたくても後ずさることすら出来ない。

「何回も言ってるだろ。俺の目的は一つだけだ」

「……私を殺すこと?」

「なんだ、よく分かってんじゃん」

 彼は片方の口角を持ち上げた。

 ……ああ、と思う。

(戻っちゃった……。残忍な向坂くんに)

 保健室での彼は幻だったのかな。
 いや、幻ならまだよかった。

 私から情報を引き出すために、私の尻尾を掴むために、演技をしていたのだろう。

 分かり合えると信じていたのは私だけ。
 そうでもしないと私に逃げられて殺せないから。

 彼はきっと、最初からこんなふうに騙し討ちのようなことをするつもりだった。

 私はまた、好き勝手に殺されるんだ。
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