純愛メランコリー

「もうやめてよ……。死にたいわけないでしょ」

 泣きそうになりながら言った。

 向坂くんを前にすると勝手に涙が込み上げる。

 拒絶したいほどの残酷な現実と、嫌でも向き合わなきゃならなくなるからかな。

「諦めたくもないよ、ぜんぶ」

 唇を噛み締め、肩を震わせる。

 向坂くんは口を噤んだまま何も言わない。

 場に重たい沈黙が落ちた。



「……行こう」

 不意に蒼くんの手が背に触れた。

 色々な感情を押さえ込んだみたいな声で促される。

 その気遣いをありがたく思いながら、彼ともども踵を返した。

 今の状態で向坂くんと建設的な話し合いなんて出来ない。
 気持ちも追いつかないし、隠していることが多過ぎる。

 そのくせ、肝心なことは聞けないでいる。
 ────怖いから。

 何が向坂くんの殺意のトリガーになるか分からない。

 何より、ただでさえ自信がなくなったのに、これ以上彼を信じられなくなることが恐ろしい。

 そうしたら、揺らいでしまう。
 目的も、スタンスも、結末に抗う覚悟も。

「花宮」

 階段を下りていこうとしたとき、背後から呼びかけられた。

 ぴた、と反射的に足が止まる。

 わずかな静寂の後、向坂くんの声が静かに反響した。

「……悪ぃ」

 思わぬ言葉に息を呑む。
 まさか謝られるとは思わなかった。

(でも、何が……?)

 私を殺すこと?
 それに対して本当に罪悪感があるの?

 尋ねたかったのに、言葉は声に乗らなかった。

 きゅ、と何だか喉が締め付けられて言えない。

「大丈夫、なのか? 身体の調子」

 どこか遠慮がちに彼は続けた。

 動揺を隠せない私の視線が彷徨う。

(また、前の向坂くんみたい……)

 不器用ながら、優しい。
 一見冷たく見えるのに、その実、思いやりに満ちていて。

 ────本当に?

 保健室のときみたいに騙し討ちでもしようとしている?

 私が自殺を繰り返すせいで、自分の目的を果たせないから。

 もう、分からなくなってきた。

 これは本物の優しさなのだろうか。

 そもそも今までに一度でも、本気で心配してくれていたことがあったのかな。

(信じていいの……?)
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