純愛メランコリー

 例えばその目的が、私を殺すこと、だったら。
 彼の策は半ば成功していた。

 睡眠薬入りのジャスミンティーを私に飲ませ、攫って部屋に監禁したところまでは理解出来る。

 でも、そこからが妙だった。

 ただ殺すことだけが狙いなら、その段階で殺してしまえばよかっただけだ。

 あのとき、誰にも何にも邪魔されずに私を殺せる機会が確かに整っていたから。

 そうしなかったせいで、私の言葉に耳を傾けたせいで、隙を生むことになった。

 外堀を埋めてあれほど周到に整えたのに、そこだけ詰めが甘かったというの?

(……やっぱり、おかしい)

 考えれば考えるほど、向坂くんの行動に別の意図が隠されているような気がする。

 とにもかくにも、彼の原動力は“殺意”なんかじゃない。

 今は、そう信じることに躊躇がなかった。

『死ぬのは嫌じゃねぇのかよ。諦めんのか?』

 私をそんなふうに叱責した彼の本心は分からないままだけれど。

『……悪ぃ』

 そこに込められた意味も、憶測でしかないけれど。

『大丈夫、なのか? 身体の調子』

 私を案じてくれた彼の眼差しも声色も、私のよく知っている向坂くんそのもので────。



 私は目を閉じ、息をついた。

 鉛のように身体が重く、心臓の拍動も鈍い。

 蓄積する苦痛が着実に私の命を削っていく。

(……決めた)

 きっと、これが最後の今日だ。

 諦めたくない。
 それなら、迷っている暇なんてない。

 向坂くんを信じる自分を、信じることにしよう。



*



 支度を整えた私は家を出て、学校への道を歩き出す。

 何度ゆすいでも、まだ口の中に濃い鉄の味が残っている気がした。

 教室へ入ると、蒼くんを捜す。

 私が死んだ後、どうなったのだろう?
 彼は無事だったかな……?

 どちらにしても記憶をなくしていたら、また一からぜんぶ説明しよう。

 助けて、なんて言わない。
 でも彼にはすべて伝えておくべきだと思う。

 今さら突き放せない。

 まだ、教室内に蒼くんの姿はなかった。

 いつもなら、というか本来の今日なら、既に来ているはずなのだけれど。

「菜乃ちゃん!」
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