純愛メランコリー

 蒼くんは何も言わず、ずっと私の肩に手を添えてくれていた。

(大丈夫だよね……?)

 彼が死ぬはずない。
 だって、今日死ぬのは私なのだから。

 そう、思ったのに────。



 やがて、病室から別のアラーム音が聞こえてきた。

 ピー、と間延びするような、それでいて甲高く神経質な音。

「そ、んな……」

 それは、向坂くんの心臓が止まったことを意味していた。

(死んじゃった、の……?)

 まるで受け入れられないのに、そのことだけは頭が理解して、ひどく感情が揺さぶられる。

 世界の色が冷たく褪せていく。
 音が遠く霞んでいく。

 とても信じられない。
 向坂くんがもうこの世にいないなんて、そんなこと……。

 目の前の光景がぐちゃぐちゃに混ざり合って、渦を巻いていくようだった。

 目眩を覚え、ふらりと足元が揺らぐ。

「菜乃ちゃん……」

 蒼くんは支えてくれたけれど、彼もまた青白い顔をしていた。

 冷静でいられるはずがない。

 あまりにも突然過ぎる。



 その後、病室から出てきた先生が何を話していたか、何一つとして思い出せない。

 ただ、向坂くんが助からなかったという事実だけははっきりと認識出来た。

 連絡を受けた向坂くんの家族が来て、いっそう彼の死が現実感を増す。

 私と蒼くんは追いやられるように廊下の端の長椅子に座っていた。

 向坂くんが亡くなったりなんてしたら、涙が止まらなくなると思っていた。

 受け入れられずに泣き喚いて拒絶するだろう、と。

 でも、違った。
 受け入れられないからこそ涙なんて出てこなかった。

 瞬きすらも億劫で、身体に力が入らない。

 蒼くんの肩を借りていないと座ってもいられない。

 しかしそれは、向坂くんの死が衝撃的だからなのか、私までもが死に向かいつつあるからなのか分からなかった。

「俺のせいだ……」

 ぽつりと蒼くんが小さく呟く。

 その声は弱々しく(くう)に溶けた。

「……そんなことないよ」

 だって、直前まであんなにいつも通りだった。
 蒼くんのせいとは思えない。

 ────きっと、すべてループのせいだ。

 何もかもそうだと思えば、いくらかやりきれない思いや後悔も紛れる。

 神様は意地悪だから、私じゃなくて向坂くんを連れて行ったんだ。

 こんなことになるなら、まだ本来の運命を辿っていた方がよかった。

 あるいは、私も死から逃れられないかもしれないけれど。

 理人のときと同じように、向坂くんが亡くなったことでループは崩壊した。

 ループそのものはもう終わったのだ。

 私がどうなるか、これから何が起こるのか、何も分からないまま……。
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