純愛メランコリー
*



 屋上に出て、向坂くんと話をした。

 驚いたことに、彼がなくしていたのは“昨日”の記憶だけではなかった。

 私が不可解な死を遂げていたこと、彼が私を殺していたこと、今回のループのすべてを忘れてしまっていたのだ。

「嘘だろ……」

 すべてを伝え終えたとき、向坂くんは力なくそう呟いた。

 あまりの衝撃に色をなくした顔に、戸惑いが全面に押し出されている。

「悪ぃ、花宮。俺────」

「ううん、向坂くんは悪くないよ」

 彼が何を謝ろうとしたのかは、何となく分かった。
 私は小さく笑んで、首を左右に振る。

 彼がすべてを忘れてしまう前に、“昨日”直接真意を聞けてよかった。

「……でも、変だな。俺が死んだのに何で明日が来ねぇのか」

 その疑問はもっともだった。

 “昨日”の残酷な結末が消えたのはよかったのだけれど、これでは腑に落ちない。

「ループを抜け出す方法は別にある、ってことかな」

 私は半ば俯きながら言った。

 私が死ぬか、向坂くんを殺すか、という2択では、そもそもなかったのかもしれない。

(だったら────)

 選択肢なんてなかった。選ぶ余地なんて。

 本来の運命を考えると、考えられる可能性は一つだけだ。

 “私が死ぬ”。

 無情にもループは最初から、それが正解だと告げていた。

 ただ、お互いにずっと拒み続けていただけだった。

 でも私は、その結末を既に受け入れた。
 あとは、向坂くんも同じように受け入れるだけ。

 その上で私が死んだら、きっと今日(ループ)が終わる。
 ……明日が来る。

 そんなことを考えながら、屋上の縁に歩み寄った。

 ここから一歩踏み出すだけで、解放されるんだ。

「お前、まさか……」

 いち早く私の考えていることを見抜いた彼は表情を強張らせると、次の瞬間憤った。

「馬鹿なこと考えてんじゃねぇよ! 簡単に諦めんな!」

「向坂くん……」

 その真剣な眼差しから、どれほど私を大切に思ってくれているのかがひしひしと伝わってくる。

「身体の不調も消えたんだろ? 死が遠のいた証拠だって」

 向坂くんが一度死んだことで、私の死への秒読みがリセットされたのかもしれない。

 彼が言いたいのはそういうことだろう。

 正確な因果は分からないけれど、彼が作り出したループだという前提なら、何となく納得出来る話ではある。

 また一から、今度は彼と協力すれば、運命を覆して結末を変えられる……?
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