大魔女の遺言~いがみ合うライバル商会の一人息子と、子作りしなければ出られない部屋に閉じ込められました~

第2話 サラサとレイ

 身を清めたサラサは、真新しい寝衣を着て、広いベッドの上に座っていた。
 あれから両親に、祖母マーガレットの屋敷に連れて来られ、とある部屋に閉じ込められたのだ。

「この部屋は、お前たちが本当の夫婦となった時、扉が開くように魔法がかけられている」

 本当の夫婦、とは、まあそういうことだ。
 きちんと二人が初夜を過ごせば自由に出入りできるようになり、さらにマーガレットの遺産の手がかりが示されるのだという。

 部屋はシンプルなゲストルームだ。

 ちらっと扉に視線を向けると、確かに魔法がかかっていた。大魔女の血を引くサラサにも魔法の才能はあるのだが、マーガレットに敵うわけがなくため息をつく。出入り口とは反対側に、浴槽へと続く扉が見える。

 テーブルの上には、食料が置いてあった。
 確か話によると、三日分だったはず。

 つまり、

”三日の間に心を決めろ、っていうわけね”

 サラサはうなだれた。

 幼いころ、レイ・ヒルトンと初めて出会った時のことを思い出す。

 確か、サラサが六歳ぐらい。何かのパーティーに連れて行って貰った時だったはず。

 彼は、大人しいサラサにはない快活さをもっていた。好奇心旺盛な瞳で周囲の大人たちに臆することなく話しかけ、新しい発見に対し常に瞳を輝かせていた。そんな純粋な少年の姿を、大人たち皆が微笑ましく見守っていた。

 居ても分からないぐらいの存在感しかないサラサにとって、レイの輝きは、純粋さは眩しかった。

(確か話しかけてくれたのも、レイからだったわ)
 
 正直、嬉しかった。

”サラサの髪……すっごく綺麗だよな! 真っ赤な花が咲いているみたい!”

 祖母譲りの赤い髪がコンプレックスだったサラサにとって、彼の裏表ない賛辞は恥ずかしかったが、嬉しくもあった。

”またいっぱい喋ろうな!”

 満面の笑顔を浮かべながら、別れ際に手を振ってくれたことを思い出す。
 
 だが家に帰ると、

 ”レイは、ライトブル商会の……いや、お前の敵だ! もう二度と、あいつと仲良くするな‼”

 酷い剣幕で父親に怒られたのだ。
 今思い出しても、恐怖で足が竦む。

 恐らく、レイも同じように叔父から怒られたのだろう。
 次、彼と再会した時、話しかけられるどころか、まるで敵を見る目で睨まれ、心が委縮した。

 その時から、コンプレックスだった赤い髪を魔法で黒く染め、サラサはもっと内気な娘になってしまった。

 十歳~十六歳の間、裕福な家の子どもたちは国が運営する学園に通う。

 サラサも例に漏れず入学したが、異性の友人は作らず、休み時間も教室の隅で静かに本を読む、という過ごし方をしていた。

 前髪を伸ばし、表情を隠す彼女を、根暗だと嘲笑う者たちがいることを知っている。だがサラサにとっては、静かな時間を邪魔されなければそれで良かった。

 だがいつごろからか、同じ学園に入学したレイが、サラサの静かな時間を邪魔するようになった。何かと彼女に絡み、ヒルトン商会や自身の武勇伝を自慢して来る。

 サラサは、レイと仲良くするな、という親の言葉に従い、そっけない態度で接し、相手にしていなかったが。

 でも、今は静かなものだ。

 最近はサラサの姿を見つけると、気づかないふりをして通り過ぎる。もちろん、煩い自慢話もしてこない。

 静かになったのは良かったが、手のひらを返したような態度に何故か腹が立った。

(それなのに、彼と夫婦になったなんて……)

 そう思った時、

「ま、待て! 親父!」

 扉が開くと同時に、部屋に半分突き飛ばされる形で茶色い髪の青年が転がって来た。

 レイ・ヒルトンだ。
 彼は慌てて身体を起こし扉に駆け寄ったが、無情にも閉じられた後。

 サラサの耳に、魔法による施錠音が聞こえる。

 恐らく花婿が部屋にやって来たことによって、一定の条件を満たさなければ扉が開かない魔法が発動したのだろう。

 レイには、扉にかけられた魔法が見えていないらしい。
 剣術部に所属し、何度も大きな大会で優勝している鍛えられた腕で力一杯閉じられた扉を叩いている。

「その扉には、お婆様の魔法がかかっているわ。あなたの馬鹿力でも、開けることは不可能よ」

「あっ?」

 低い声でレイが振り向く。
 日に焼けた肌が目に飛び込んできた。幼いころに会った時は細くサラサよりも小さかったが、十六歳になった今では背も抜かされ、すっかり男らしい身体つきになっている。

 彫りの深い容貌は整っており、学園中の女生徒が彼を狙っていると言っても過言ではないほど人気があった。

 学園一のモテ男、テネシー・クライアンと競う位に。

 レイは乱れた髪をくしゃっと掴むと、ボリボリとかきながら近寄ってきた。そして腹ただしい気持ちを発散するようにベッドに勢いよく座ると、軽いサラサの身体がポヨンと跳ねた。

 男を誘うような薄い寝衣を見られたくなくて、サラサはレイに背中を向ける。
 彼女の後ろから、大きなため息が聞こえた。

「何か……大変なことになったな」

「そうね」

 気まずい空気をなんとかしようとレイが話しかけてきたが、そっけなく頷くだけのサラサ。会話はそれ以上続くことなく、沈黙が場を支配する。

 ちらっと窓を見ると、カーテンの隙間から覗く空は闇に包まれていた。

「もう今日は寝ましょう。三日分の食料はあるし、明日また脱出する方法を考えたらいいわ」
「そう……だな。なら適当に枕をくれ。俺は床で寝る」

 ベッドの沈みが無くなった。レイが立ち上がり、床に寝転がったからだ。

 部屋にはベッドとテーブルはあるが、椅子やソファーはない。この時期はまだ寒いし、彼が憎きライバル商会の息子だとは言え、床に寝かせて何も感じないほど、サラサも良心を捨ててはいない。

 それに、

(私に……気を使ってくれたの?)

 何故か少しだけ嬉しかった。
 わざとらしく大きく息を吐き出すと、仕方がない感を出しながらレイに提案する。
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