クールな甘音くんが、私推しの読み専になりました。


 はじかれるようにして振り向くと、至近距離には相変わらず感情の読めない無表情。でも、だからこそ甘音の綺麗な瞳は一切の偽りもなく、他の誰でもない文乃を見つめていた。

文乃「……ほん、とに……?」
甘音「……うん」
文乃「……」
甘音「……とても、よかった。……続きが読みたい」
文乃「……っ」
甘音「……? どうしたの?」
文乃「え、あ……」

 気が付くと、文乃の目から涙があふれていた。

文乃「……あ、あれ、……ごめっ、……う……っ、……私、なんで…………っ」
甘音「…………」
甘音「……俺、何か悪い事言った?」
文乃「……ち、違うの、……ただ」

 止まらない涙を拭いながら、文乃は自覚する。

文乃(ああ、そっか)
  (……私、嬉しいんだ。人知れず、たった一人で書き続けてきた月日と苦悩が、全部認められたような気がして。誰かに小説を褒められるなんて、今までなかったから。……でもどうしよう、思ってたよりずっと……ッ)

 乱れた呼吸を何とか整え、零れる涙をそのままに、文乃は笑顔を作る。

文乃「……う、うれしい。……ありが、とぉ……ござい、ます……ッ」
甘音「…………」

 一瞬目を見張ったように見えた甘音。しかし、

甘音「……」

 不意に何か考えこんだ素振りを見せ、かと思うと自分の机に戻っていく。カバンの中をごそごそやってから小脇に抱え、そのまま足早に向かった先は、……出口?

文乃「え……、あの……?」

文乃(……帰る? 私が急に泣いたから? ひいた?)
  (……ぜんぜんわからない。私、どうしたら……?)

 甘音の行動に困惑する文乃。涙を拭いていると、パチッと教室の蛍光灯がつく。

文乃「……っ」
甘音「…………暗すぎると、目によくない。あまり擦るのもダメだよ」
文乃「……、……え?」

 思いもよらなかった言葉に驚く文乃に、甘音はゆっくりと歩み寄り、

甘音「……これ」
 
 何かをカバンから取り出す。

文乃「えと……」
  「……目薬?」
 
 頷く甘音はそっと文乃の手に箱を渡し、

甘音「……まだ新品だから、……汚くない」
  「……君にあげる。……それ、ドライアイには、けっこう効果あると思う」
文乃「……」
  (……ドライ、アイ????)

 文乃は思わずゆっくりと目を瞬く。その様子を見て、多少困惑の色をした顔の甘音が、首をかしげる。

甘音「……? 何?」
文乃「……いえ、……あ、でもあの!」
甘音「?」
文乃「……ッ。……ううん。……なんでもないです」
甘音「じゃあ……」
文乃「……!」
 
 クラスで誰も見たことがない、甘音の綺麗な笑み。

甘音「……がんばってね」

 一瞬で心を奪って、甘音が去っていく。そのせいで文乃は何もかも言いそびれてしまった。




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