一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
七章 愛する彼からのプロポーズ
 やがて車はマンションのある高級住宅街へ辿り着いた。
 マンション地下の駐車場に入庫すると、ふたりは車を降りる。
 きゅっと、悠司は手をつないできた。
 彼の体温が伝わり、これまで不安だった紗英の胸には安堵が広がる。
 エレベーターで三階の角部屋へ着くと、カードキーで解錠した悠司は室内へ招き入れた。
「お邪魔します」
「どうぞ」
 またこの部屋を訪れることができるなんて、嬉しい。
 リビングの窓に広がる夜景を眺めた紗英は、持っていた紙袋をそっと床に置いた。
 ジャケットを脱いだ悠司は、キッチンに入る。
「紅茶でも淹れよう。紗英は座って」
「あ、紅茶は……」
 茶葉を買ってあるのだが、ティーポットなどのこし器がなければ飲めない。
 ひしゃげてしまった紙袋から中身を取り出した紗英は、商品の状態を確認した。
 茶葉の缶は無事だが、ティーポットと、ふたつのマグカップは無残に割れてしまっている。これでは捨てるしかない。
 落胆を隠せない紗英の前に、マグカップをふたつ持ってやってきた悠司は、破壊された陶器を見て眉を寄せた。
「ひどいな。買ったばかりだったんだろ?」
「……はい。あ、でも、この猫のマグカップは悠司さんと使うつもりだったわけじゃなくて、可愛かったので、飾るために買っただけですけども……」
 言い訳めいたことを呟く紗英に、悠司は温かい湯気が立ち上るマグカップを手渡した。彼は口元に弧を描いている。
「ふうん。俺と使うつもりじゃないんだ。ふたつ合わせると猫がキスしてるなんて、恋人用じゃないか」
「……だって、私たちは、かりそめの恋人でしょう?」
 ソファに腰を下ろした悠司は、テーブルに無地のマグカップを置いた。彼は真摯な双眸を、紗英に向ける。
「もとは俺が勝負のことを言い出したから、始まったようなものだな。『俺がクズ男になったら、俺の負け。きみのことは諦める。ただし、きみが俺に惚れて甘えられたら、俺の勝ち。俺の言うことを聞いてもらう』その勝負のために、仮の恋人という関係になろうと、俺は提案した」
「そうでしたね……」
 今さらだが、すでに勝負はついたようなものだ。
 悠司がクズ男になることなどなかった。それどころか、彼はクズ男から紗英を守ってくれた。そして紗英は何度も悠司に甘えて、彼に惚れることになった。
 勝負は完全に悠司の勝ちである。
 だが、そうなったときに、悠司の言うことに従わないといけないらしいが、それはなんだろう。
「きみの判定結果としては、どうだった? 俺はクズ男に変わったか?」
 紗英は大きく首を横に振る。
「とんでもないです。悠司さんはクズ男なんかじゃありません。私があなたをクズ男に変えてしまうなんて思ったのは、傲慢でした。自立している悠司さんが、依存するなんてあるわけなかったんです。私はあなたと接していて、それがはっきりわかりました」
「それじゃあ、紗英は俺に甘えてくれたかな?」
「……そうですね。私は悠司さんに教わるまで、甘えるという正しい意味を知りませんでした。それは小さなことをお願いするとか、手をつなぐとか、肩にもたれるとか……そういうことだと知りました。それに、そこには相手への思いやりがありました。依存とはまったく違います。私は悠司さんにたくさん甘えられました」
 甘えることに留まらなかった。悠司は、紗英を陥れようとした木村や、怪我をさせようとする雅憲から助けてくれた。彼が頼りになる男だからこそ、守ってもらえたのだ。
 紗英の肩を抱いた悠司は、顔を寄せてきた。
「それじゃあ、俺のこと、好き?」
 その問いに、答えてもいいのだろうか。
 紗英は迷ったが、もう答えは出ているようなものだった。嫌いならこうしてマンションに来ないし、そもそも体をつないだりしない。
 ゆっくりと頷いた紗英は、小さな声で言った。
「好きです……。悠司さんが、好きなんです」
「俺もだ。好きだよ」
 甘く低い声で囁かれたその言葉が、じいんと胸に染み渡る。
 告白できて、よかった。紗英は心からそう思った。
「勝負は私の負けですね……。悠司さんの言うことをなんでも聞かないといけないんですか?」
「そうだよ。――俺と結婚しよう」
 突然のプロポーズに、紗英は目を瞬かせた。
「え?」
「もう一度言う。俺と結婚してくれ」
 紗英の脳内は混乱した。どうしてそんなことになるのだろう。
「で、でも、叔父さんの勧める令嬢はどうするんですか?」
「あの話は、はっきり断った。俺は、始めからきみと結婚するつもりでいた。だから勝負を申し込んだんだ」
「ええっ⁉ じゃあ、かりそめの恋人というのは……」
 悠司は決まり悪そうに頭をかく。
「ちょっと回りくどかったよな……。紗英はクズ男のコンプレックスでいっぱいになっていたから、ストレートに口説いても断られるかと思ってね。時間をかけて距離を縮めるために、勝負とか、かりそめの恋人とか持ち出したんだ」
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