私 ホームヘルパーです。
 「ねえねえ武井さん どうかしたの?」 ボーっとしていたら澄江さんが聞いてきた。
「いえいえ、何でも。」 「最近さあ竜岡さんばかり見てるわよねえ?」
(ドキ、、、。) 「人違いならいいんだけどなあ。」
「たぶんそうですよ。」 「でもあなた、しっかり見てたわよね?」
(ドキ!) 「まあ頑張ってね。 大変だろうけど。」
それだけ言い残して澄江さんは外勤に出ていきました。 危なかったなあ。
 「武井さん 今度さあ二人だけで食事しませんか?」 そこへ竜岡さんが入ってきた。
「えーーーーーーー?」 「どうしたの?」
「私たちのこと、澄江さんも気付いてるみたいなの。」 「あの人、鼻がいいからなあ。」
「え? 澄江さんって犬だったの?」 「まあセントバーナードみたいな、、、。」
「まあ、言われてみれば、、、。」 「それで今度の土曜日なんだけど、、、。」
聞いてみると静かな居酒屋で食事をしたいってことらしい。 「いいんですか?」
「ぼくねえ、前から気になってたんですよ。」 「澄江さんが?」
「そうです。 じゃなくてだね、武井さんのことが。」 「私? そうなの? デブだしうるさいしよく食べるし、おばさんだし。」
「でもそれがなんか可愛く見えちゃってさあ。」 「可愛い? 私が? 竜岡さん 目悪過ぎ。」
「ほんとだよ。」 (ドキ、、、。)
この世の中にこんなおばさんを可愛いと思ってくれる人が居たのね? 美和子 困っちゃう。
 「あらあらお二人さん 仲いいわねえ。」 せっかく盛り上がってきた所に鈴子さんが入ってきた。
「ごめんなさいねえ。 邪魔しちゃって。」 と思ったら資料を持って早足で出ていきました。
 「それでさあ、信二君たちにはお土産を買って帰ろうと思うんだ。」 「お土産?」
「そうだよ。 俺たちだけが楽しい思いをしてたんじゃ申し訳ないからさ。」 「そ、そうですね。」
(あらあら、信二たちのこともちゃんと考えてくれるのね? 惚れちゃいそう。) 「で、行き付けの店が有るからそこにしようと思うんだ。」
「お任せします。」 「じゃあ予約はぼくのほうで入れておきますから。」
そこまで話をして竜岡さんは事務所を出ていった。 はーーーーあ、春が来たみたいね。
 さあさあ仕事仕事。 浮かれてる場合じゃないぞ。
とか言いながら頭の中では土曜日の居酒屋のことばかり、、、。
何てったって誘われるなんて滅多に無いことだから嬉しくてさあ。 飛び上がりたいけど澄江さんにまたまた見抜かれそうだなあ。
 そんなことを考えながら歩いていると、、、。 ピピー。
クラクションの音が聞こえた。 「へ?」
「あらあら武井さん 頑張ってるわねえ。」 久しぶりに見る公子さんではないかいな。
「ああ、どうも。」 にこやかに手を振って行こうとすると、、、。
 「乗せてくわよ。」 「いえいえ、近くですから。」
「あら、そう。」 何だか寂しそうに走り去る公子さんを始めて見たわ。
 んでもって森山佐紀さんのお宅へ、、、。 表はお菓子屋さんなのよ。
何だって? 冒し屋だって?
それはどっかの気の抜けたおじさんのことでしょ? 関係無いわよ。
 「こんにちはーーーー。」 「あらあら、いらっしゃい。 何か?」
「今日はお掃除の日です。」 「そうだったっけ?」
 佐紀さんは忘れん坊なんです。 だからカレンダーに曜日と時間と担当者の名前を書いてあります。
部屋に置いておくと私たちが見れないから玄関の下駄箱の上に飾ってあります。 「今日はここですねえ。」
 余白に曜日と名前が書いてあります。 「あらあら、そうだったわね。 ごめんなさいね。」
ニコッとして佐紀さんは中へ入れてくれました。 でもね、このお姉さん85歳なんです。
 「私はまだまだ現役よ。」って言いながらお菓子屋さんで働いてます。 元気よねえ。
なんでも、子供の笑ってる顔を見てると元気になるんだって。 私もそうしたかったなあ。
だって今は年寄りの顔ばかり見てるんだもん。 元気取られちゃう。
 さてさて世間話をしながら掃除をしております。 そしたらスマホが、、、。
「あらあら、可愛い音ねえ。」 着信音を聞いた佐紀さんは興味津々のご様子。
 だってオルゴールなんだもん。 (誰だろう?)
そうは思うけど仕事中に見るわけにもいかず、放置してお風呂へ。 旦那さんが作ってくれたっていう昔風のお風呂ですわ。
 もうすっかり見なくなった木のお風呂ね。 檜の香りが、、、。
しかもね、細かい所まできちんと計算して水が漏れないように組んであるんだって。 すごいよなあ、今の風呂とは全然違うわ。
 それに佐紀さんも腰が弱くなったっていうから息子さんが床を上げてくれてるのよ。 いいなあ、この感じ。
信じもこんなことをしてくれるかなあ? うーーん、不安。
 お風呂掃除を済ませて居間に戻ってきたら佐紀さんがお菓子を出してくれました。 懐かしい黒棒ですねえ。
それを齧りながら、、、じゃなくて食べながら一時の雑談を。 旦那さんは5年前に脳出血で亡くなられてるんですって。
 「あんだけ元気だった人が一瞬で逝っちゃったのよ。 どうしていいのか分からなかったわ。」 「そうですよね。 「今から死ぬぞ。」って言ってくれないと、、、。」
「まあ、そんな人が居たら会ってみたいわ。」 佐紀さんもお菓子を食べながら笑ってくれました。
 読んだ本によると日蓮とかいう坊さんは「今日これから死ぬぞ。」って弟子たちに宣言してから死んだんだってね。 そんな人って今でも居るのかな?
1時間ほどの仕事を終えて玄関に出ると佐紀さんはちょっと寂しそうな眼で見送ってくれました。 次に急がなきゃ、、、。
 急いでる最中にスマホを確認。 すると、、、。

 『週刊誌は馬鹿なんですか? 突然取材に一般庶民が困惑。』

とかいうニュース記事でした。 週刊誌だったら分かるわよ。
あの人たちはおめでたい左巻きさんだから一般常識が全然通用しないのよ。
 学者とマスコミとタレントを見てたら分るでしょう? マスコミ何て何回言われてもやるの。
元から絶たないとダメなのよ。 抹殺してもどうせ湧き出してくるんだから。
「政治悪と社会悪を追及するのは私たちの使命です。」なんて言って何とも思わない顔で人権侵害をするんだから。
あんたらが最悪な社会悪じゃないよ。 でもこんなマスゴミでも相手にする人たちが一定数居るのよね。
 個人情報保護法が有るのに個人情報を盗んできてドカドカト土足で踏み荒らしていく。 事件じゃないから警察も動かない。
弁護士に頼もうとすると「金がかかりますよ。」ってニヤニヤされながら言われる。 どうしようもないなあ。
 裁判所で命令を出してもらおうとすると「彼らの仕事は必要ですから。」なんて言って相手にもされない。
だからって引っ越すと情報を調べ上げて追い掛けてくる。 変な世の中よねえ。
 そういえばさあ東京の社共の問題はどうなったのよ? おばあちゃんが誘拐されて居なくなったでしょう?
ああいうことこそ大々的に報道しなきゃいけないのよ。 なぜ黙ってるの?
警察に緘口令でも敷かれたの? まあ、やりそうよね 同じ穴の狢なんだから。
 さてさて今日も昼になりました。 いつもの食堂へ、、、。
凛子さんも楽しそうに働いてますわ。 「いらっしゃいませ!」
「楽しそうねえ。」 「店長 面白い人だから。」
「そうなの? 今日も炒飯と塩ラーメンね。」 「分かりました。 お待ちくださいねえ。」
 カウンターに落ち着いて水を飲んでいるとドアが開きました。 「いらっしゃいませ。」
チラッと振り向くとあのママ連のドンじゃないかいな。 でもなんか落ち込んでそうだなあ。
 椅子に座るなり「餃子と豚骨ラーメンを、、、。」って注文しまして、、、。 それ以来、悶々としているようです。
(何か有ったのかな?) 心配にはなるけど関わるほど仲も良くないし、、、。
でも以前のような覇気が有りませんねえ。 どうしたんだろう?
 凛子さんがラーメンを運ぶとこれまた何も言わずに受け取って食べ始めました。 よく見るとピアスも外したようね。
(ずいぶんとおとなしくなったなあ。) そう思いながら食べていると、、、。
「何で捕まったのよ? 私の知らない所で人を殺してたのね? 信じられないわ。」って呟きが聞こえてきた。 (そっか。 それだったのか。)
 私は何事も無かったように昼食を済ませて事務所に戻ってきました。 「ただいまーーーー。」
「元気いいわねえ。」 「食べたばかりですから。」
「そっか。 でも食べ過ぎは体に毒よ。」 (ギク、、、。)
澄江さんは書類を書きながら私のお腹を見ました。 膨らんでるからなあ。
 昼からの仕事は休みになったので家に帰って溜まった洗濯をしようかな。 やっとかないと着る物が無くなるから。
そう思いながら洗濯機を回しております。 狸が居なくなったから作業着を洗わなくて良くなったのよねえ。
 あの頃は専業主婦だったから育児と掃除と洗濯に追われまくったわ。 今より忙しかったかも。
でもね『主婦は無報酬の仕事だ。』なんて言われてたなあ。 貰えるのは食費だけだもんね。
 たまに機嫌がいいと小遣も貰ったけど、それだって数千円。 コーヒーを飲んだら終わっちゃう。
そこまでは無いけどちょっとねえ。 考えろよって言いたかったなあ。
 今は信二と百合子が手伝ってくれてるからいくらか楽なのよ。 でもいつか二人とも出ていくのよね?
そうなったらどうしようなあ? ねえ竜岡さん。



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