彼女のそばにいたいけど
 彼女と目が合ったような気がした時から、僕は彼女が忘れられなくなった。

 彼女は毎朝、高速のインターへの入口にある交差点を、東に向かって車で通り過ぎていく。
 毎朝決まった時間に通るから、たぶん職場への道なんだろうと思っていた。

 彼女が通り過ぎる直前、僕は、この交差点が赤信号になるのを願った。
 赤になれば、停車した彼女の車の窓越しに、目が合うかもしれないからだ。

 その日の朝は雲一つない晴れの日だった。それに、信号は赤だった。

 彼女の車の助手席には、この世の者ではない誰かが座っている。

 ハゲ頭の中年オヤジだった。

 僕は、このままでは彼女が危険だと思い、彼女の赤い車の後部座席に無断乗車した。

 信号が青に変わる。
 車は発進しだした。

 今日の彼女はとても焦っているように見えた。運転中も、ずっと大きなため息をついて、そわそわと落ち着かない。

 信号が赤に変わる度に、

「なんなのよもう!!」

 と、叫ぶのだ。
 僕はその度、自分に言われているのかとビクついた。
 でも僕の姿は彼女には見えていないはずだ。

 だって僕は、その彼女の助手席に、陰の表情で座っているハゲ頭のオヤジと同じ類の者だから。

『おいオッサン、この車から降りてくれないか? その助手席には僕が座るからさ』

 僕は後部座席からハゲオヤジに声をかけた。

『降りたところで何処へ行ったらいいかわからないんだ……』

 ハゲオヤジはポツリと寂しげに呟いた。

 彼女は一体、どこからこのハゲオヤジを連れてきたのか。
 昨日の朝見かけた時には、この車の中には彼女一人しかいなかったはずだが……。

 そんなことを思っているうち、次の信号が赤に変わった。

 車が急停車する。

「なによもう!! なんで今日に限って赤ばかりなのよ!! 遅刻しちゃうわどうしよう!!」

 突然、彼女は動揺したように叫んだ。
 僕は驚きのあまり、この空間からどこかへと吹き飛ばされそうになるのを必死でこらえた。
 
 彼女はおとなしそうな容姿とは正反対に、物凄い勢いで汚い単語を並べ赤信号を罵っている。
 信号待ちをしている間、太陽に対しても、
 
「眩しすぎるよ太陽! 目がくらみそうなほどに光って眩しいよ!」

 と怒り出し、乱暴にサンバイザーを下ろした。
 なんて激しい女なんだろう。
 
 助手席のハゲオヤジは、自分の事を言われたのかと思ったのか、身体をビクリとさせて怯えた様子だ。

『わたし、そんなに眩しいですか…? こう見えても若ハゲなんです』

 ハゲオヤジは申し訳なさそうに、消えそうな声で呟やいた。

「眩しすぎてスゴすぎるよ! 希望の光としか思えないほどの眩しさだわ! 尊敬しかない!」
 
 彼女は大きな目をさらに大きく見開き手のひらで光を遮ると、助手席側へと視線をやった。
 
「ああ、どうしよ、どうしよ…! この場合はどうすればいいの!!」

 栗色でセミロングのふわふわとした髪をぐちゃぐちゃと掻き乱し、かなり動揺している。
 
 落ち着け女。

 太陽が眩しいのなら、そんなにも目を見開かなくてもいいんだよ……。

 目力のある瞳からは、炎のようなビームを発していそうだ。
 すごい圧力を感じる。
 僕はたまらなくなってこの車から逃げ出したくなった。

 意識が朦朧とする中、ハゲオヤジに、
『大丈夫か?』と声をかけようとして視線をやると、助手席にいたハゲオヤジは知らぬ間に消えていなくなっていた。
 
 ふと車窓の外を見上げると、ハゲオヤジは、あんなにも陰の表情だった顔を満面の笑顔に変え、光となって空へと吸い込まれていった。

 この女、一体何者だ!?

 僕の彼女への興味はさらに膨れ上がった。
 僕は、しばらく彼女のそばにいることに決めた。

 
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